須藤、苦悩す

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須藤、苦悩す

須藤は、ボーっとしていた。 この男にしては珍しく、だ。 もう中堅どころの医師であり 様々なケースの出産を見て来たし 厭きる程、新生児も診て来た自分が たった一組の夫婦のお産に ここまで囚われている自分が 可笑しくて仕方がなかった。 その夫婦は、須藤の後輩医師である 「室伏弥生」の妹夫婦である。 妹夫婦の今野拓也、雛子の第一子は 既に「雅哉」と名付けられており 実は、父親は拓也ではなく故人である。 しかも、故人は晩年、拓也の所謂「情夫」であった。 故人の名も「雅哉」と言い、幼い頃から 一途に卓也だけを慕い追い続けてきた男だったが 先天性で遺伝率の高い病魔に侵されていた。 自身の父親も同じ病気であったことから 子を儲けるなど、論外だった筈だ。 しかし、雛子がそれを「良し」としなかった。 雛子は、例え大きなリスクを伴うとしても 夫の拓也を一途に慕っていた故人のために 身を挺してその「子」を身籠る決意を固めた。 そして、体外受精によってめでたく懐妊し つい先日、無事に出産を終えていたのだった。 今のところ、雅哉ジュニアに異常は見られない。 いやいや・・と須藤は分析を始めた。 第一に、弥生の親族だからで 第二に、出産までの経緯を知っているからで 第三に・・・これはもう須藤の「性」なのだが 拓也が「こいつになら抱かれても良いや」と思うほど 須藤のタイプ「ど真ん中」であるから・・だ。 (そうそう、そうなんだよ!) しかし、そればかりではない。 昨日、初めて新生児室から病室に行った「雅哉くん」を まず抱いたのは、故人雅哉の母冴子だった。 冴子はポロポロと涙を流し、跪いた雛子の母が 冴子の背中を擦るのを、須藤は息をつめて見ていた。 (絆が強い・・なんてもんじゃないな ドラマチックにも程があるだろ・・) 今日も、須藤は新生児室に行き 雅哉くんの顔をジッと見つめている。 勿論「曰くつき」の赤ちゃんだから 病魔の気配がないか、気にかかる。 3日たった雅哉くんは、目を開けた。 雅哉くんは髪の多い赤ちゃんで その髪は、いつぞやチラッと見かけた「美人男子」の 茶色で少し癖のある髪質とソックリだ。 「雅哉くんは、お父さんに似るのかな?」 などと話しかけていると、看護師が 「須藤せんせいって本当に赤ちゃん好きですよね」 と言ってくるので「まぁね」と生返事をする。 (いやいや、本当に3日目の赤ちゃんとは思えないよ、キミ。 どうして、そんなに整っているの? 将来、僕の恋人になるかい? それとも、パパをナンパしても良いかい?) 心の中で話しかけて、独りクスクス笑う須藤を 看護師が訝し気に見ていた。 「先輩」 「あぁ、室伏」 「そんなに雅哉が気になります?」 「いや、別にそういう訳でもないけどさ・・・」 「雅哉、キレイな赤ちゃんですよねぇ」 「そうだな」 「先輩、血が騒いでます?」 「はっ?・・お前・・なに言うんだよっ!」 「隠してもダメですよぉ。 拓也、タイプでしょ?」弥生が小声で言う。 「おま・・・」 焦る須藤が可笑しくて、弥生が続ける。 「あの子はダメですよ、絶対に・・」 「分かってるよ、そんなん・・」 「先輩、私と結婚します?」 「はぁぁ?どうしてそうなる」 「私と結婚すれば、拓也と仲良くなれるし 雅哉のことも可愛がれますよー!」 「俺はね、そういう如何わしい魂胆で人生決めないのっ!」 「あ、そうですか」 カラカラと笑いながら、弥生は新生児室を後にした。
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