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#1 姉の帰国
わたしの名前は三輪純子。
弱小零細出版社につとめる文芸誌の編集部員だ。
わたしには姉が一人いる。
いまはアフリカにいて、近々日本に帰ってくる予定だ。
どんなお土産を買ってきてくれるのやら……。
「なんだか嬉しそうだね」
「わかります? 姉が日本に帰ってくるんです」
「顔にでてるよ。日本に……ってことは、いまは外国にいるの?」
「はい。アフリカのガラリアという国にいます」
「ガラリア?」
「ソマリランドのような国連未承認の……国家というか自治区というか。そんな感じの国です」
「ガラリアか。……どんなところだろう?」
そう首をひねったのはわたしの担当作家である池之内先生だ。
池之内惣介。
カテゴリー的には純文学作家ということになってはいるが、書く内容はSFというかオカルトというか、そういった要素が多分に入り交じった、ひとつのジャンルではくくれない魅力にあふれた小説を書かれるひとだ。
年齢は52歳。ロマンスグレーの豊かな銀髪が特徴で、女性ファンも多い。
「……ところで、これってホントのことですか?」
来月号に載せる先生の連作短編を読んで、わたしはあえて訊いてみた。それほど真に迫っていたからだ。
「ホントのフリしてウソを書き、ウソのフリしてホントを書く。それが小説だよ」
「はあ……」
また煙に巻かれてしまった。
先生はいまの時代も手書きのスタイルだ。だから筆圧でわかる。興に乗ってるところは鉛筆の色が濃いのだ。
「とにかく、今回も面白かったです。ありがとうございました」
お別れのあいさつをして、わたしは池之内邸を辞した。敷地千坪に建てられた煉瓦造りの洋風の豪邸である。この邸宅だけ見ても、先生の人気と実力のほどがうかがえる。
――PM8:00
編集部に電話を入れ、今日は直帰とさせてもらった。
池之内先生の豪邸とは比ぶべくもない安マンションにわたしは向かう。
「ん?」
窓に明かりが点いている。
姉は二、三日中に帰国するとメールにあった。
帰りを少し早めたのだろうか?
鍵を差し込んで玄関ドアを開ける。
自宅だというのに怖々入る。
リビングにだれかいる。
姉だ。
姉がソファに座っている。
「お姉ちゃん!」
呼びかけると姉がこちらを向いた。
その顔は間違いなく姉だが、表情はまさに他人のそれだった。
つづく
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