愛してないの

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 秋の涼しげな風が、背の高い草を揺らして吹き抜ける。 「もう大分涼しくなってきたね」 「そうね」  何でもない話をするのが好きだった。 「今日はね、こんな花を買ってきたんだ。綺麗でしょ?」 「あなたにしてはセンスがいいわね。店員さんに選んでもらったのかしら?」 「オススメなんだって。名前は忘れちゃったんだけど、一年中出回る色の変わらない花だって言ってた」  嬉しそうに、けれど少し寂しそうに話す横顔を眺める。  横に並んで、いつも通りの景色。 「……知ってる。私も、同じものを買ったことがあるから。花言葉はーー」 「「変わらぬ心」」 「ふふっ、息ぴったりね」  思わず顔が綻ぶ。ほんの少しの幸せな時間。 「僕の心はずっと変わらないよ。愛してる」 「私は、愛してないわ」  伏せた瞳と、弧を描く唇。 「君から同じ言葉を聞けたことは無かったね」 「だって、あなたのことを愛していないもの」  僅かに俯けた顔、その唇が少し歪む。 「僕の隣に君がいてくれて、幸せだった」 「……私は、幸せじゃなかった」  声が、震える。 「君がいてくれれば、それだけで良かった」 「…………ッ、私は、あなたがい、なくたって、別にぃッ」  嗚咽が漏れる。視界が滲む。 「僕はずっと、これからもずっと君を愛し続ける」 「わだしは!!あい、してないッからあぁ……ッ!」  大粒の涙が溢れて、空気に溶ける。 「うそつきで優しい君が、一人にならないように」 「わたしじゃない、大切な人を見つけてよ……」  愛おしいものに触れるように優しく、縋るように切実に。抱きしめる手は感じられない温もりを探す。 「君は、一人じゃないよ」 「それじゃ、あ、なたがぁひとりに、なっちゃうじゃない……ッ」  墓前に添えられたスターチスがかさりと揺れて。 「愛してる」 「わたしは、愛してないの……」  声は風に攫われて消えていった。
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