アイスクリームと働きアリ

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 そのとき、僕は動きを止めた。ふと、上を見ると、大きな物体が、僕をじっと見下ろしていたのだ。僕は知っている。この大きな物体は「人間」という生き物らしい。人間は、たいてい僕たちを知らんぷりして歩くか、踏みつぶすか、そしてたまにこうやって、僕たちをじっと観察する者も一定数いる。仲間いわく、僕たちを眺めるのが好きなのは、人間の中でも「こども」に分類される者らしい。  ただ、僕を見下ろしていたその人間は、「こども」ではなく「おとな」だった。じっと、真面目な顔をしている。僕の仲間に、一匹、とても無口で、けれど勤勉で、周りから結構信頼されている奴がいるが、この人間は、その僕の仲間の雰囲気と、どこか似通っていた。めがね、というものをかけて、スーツ、という服を着ている。髪もぴっちりセットされている。真面目、堅物、そんな言葉がよく似合う。  あ、もしかして――僕は思った。僕は今、仲間たちと一緒に、道端にあるアイスクリームの残骸を運んでいたのだ。甘くて、でもすぐ溶けるから、巣に運ぶ、というのはまあていのいい口実で、ほんとうは、皆アイスクリームを舐めたいだけなのである。もちろん、僕も。  その人間の手には、アイスクリームのクラッカーが握られていた。そうだ、やっぱり。この今僕たちが舐めて味わっているアイスクリームの持ち主が、この人間なのだ。人間の手には、クラッカーしか残っていなかったので、上に載っていたアイスクリームをまるまる地面に落としてしまったのだろう。そのおかげで僕たちは美味しいおやつにありつけているが、多分きっと、この人間は、ショックなのではなかろうか。せっかく食べようと思ったのに――と。 「まぁ、しょうがないか」  人間がぽつりと言った。とは言っても、僕は人間の言葉は分からない。「また買えばいい」と、つぶやいて、最後に「どうぞお食べ、蟻さんたち」と、告げ、どこかへと歩いて消えてしまった。  僕はむしゃむしゃとアイスクリームを頬ばる。離れたところにあの働き者で無口な仲間がいた。彼は、アイスクリームから立ち去る人間を、じいっと、眺めていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加