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K駅から歩いて数分のカフェに誘導された。窓際のカウンターに、あの時と同じように並んで腰掛ける。席からはK駅と線路が見えた。
メニュー表は店内同様洒落た雰囲気だったが、どこか素朴でホッとする。
「紗奈ちゃん何にする?」
「うんっと……アイスココア」
あの時はホットココアだったけれど、今日は初夏の陽気なのでアイスにした。
航太くんはすっと片手を上げ店員さんを呼んで注文してくれた。
ちなみに彼はアイスコーヒーらしい。あの時もコーヒーだったからコーヒーが好きなんだろう。
そう待つこともなく、注文した品が運ばれてきた。涼しげな水色のガラスのコップに入っている。
紙製のストローでしばらく無言ですすった。甘さは控えめだったが、とても美味しい。
「美味いな」
「うん、美味しい」
半分ほど飲み終え、彼は「ありがとう」と言った。
「え、何が?」
何かしたっけ、と目を見開いた。航太くんは静かに続けた。
「俺、親に話すこと出来たよ。単に俺が勝手に勘違いしただけだった」
航太という名前も悠太と言う名も、二人とも長男のような存在でどちらも大切。長男次男と言う順序は関係なかったらしい。
お義父さんも航太くんとの関係に少し悩んでいて、ついつい悠太くんに逃げてしまったらしい。けれども、親子として、改めて話し、少しずつぎこちなさが薄れてきたようだ。
「まだ多少は溝があるけれど、ちょっとずつ距離が近づいて来た。言えたのは沙奈ちゃんのおかげだよ」
憑物が落ちたような爽やかな笑みを浮かべた。
その笑顔は今まで生きていた中で一番美しく神々しかった。
「あのね、私も話せたの。すごく怖かったんだけど、親が受け入れてくれて……今は学校行ってないの。今後のことはまだ決めてないんだけど……動き出せたのは航太くんのおかげ」
ガラスコップから水滴がポタリと落ちて机にシミを作った。
単位のことや転校するかとかはまだ何も考えていないけれど、具現化できない何かが前に進んだ気がする。
航太くんと出会って話すようになってから、少しずつ変わっている。
「良かった。──じゃあ、お互い様だね」
「うん」
ズズズっと氷で希釈されてしまったココアをすすった。
航太くんはアイスコーヒーを一気飲みした。
「紗奈ちゃん」
少し真剣な声だった。横顔も引き締まっている。
「俺は、君が必要なんだ。紗奈ちゃんのおかげで俺は、動けて……引かれるかもしれないけれど、初めて会った時からずっとずっと気になっていました」
彼の頬はいつになく紅潮していた。
その顔が素敵すぎて、ドキドキと鼓動がうるさい。
「──もし、良かったら付き合ってくれませんか?」
カラン、と氷が音を鳴らす。
心臓がいっそう早鐘を立てた。現実とは思えない。
窓ガラス越しに、電車がホームに滑り込んでいた。
その中でなんとか声を絞り出した。
「……はい。──私も、あなたに会った時からずっと気になっていました。私にとってもあなたは必要です」
「ありがとう」
ふんわりと彼は笑みを浮かべた。
電車がホームから出ていく。
彼の白い大きな手が私を強引にトンネルから連れ出してくれた。真っ暗な闇で、もがいていた私を明るく彩り鮮やかな世界へ引っ張り出してくれた。
見つめ合ってそっと微笑んだ。
~完~
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