うそつき薬

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 翌日、今日も今日とていいアイデアが浮かばない博士は、もはや日課になりつつある昼寝を満喫していた。そこへ昨日の青年が青い顔をして駆けてきた。 「や、博士。えらいことになりました。助けてください」  寝ている博士を強引にゆり起こす。博士が夢のなかから戻ってくる。 「なんだ、ひとが気持ちよく寝ているところを」 「そんな悠長に寝ている場合ではありませんよ。結婚を申しこまれた話をしたでしょう。昨日の夜、断りに行ったのですがとんでもないことになってしまいました」 「そんなはずはないだろう。きみはわたしから薬をもらって自信満々だったではないか」 「それが、ああ、なんてことだ」  青年が両手で顔を覆った。 「昨日の夜、わたしは薬を飲んで相手の女性と会ったのです。もちろん、上手に断るつもりでした」 「うまくいかなかったのか」 「うまくいくとかいかないとか、そのような次元ではないですよ」  青年が嘆きながら昨夜のできごとを語る。 「わたしが彼女に会うなり、彼女は言いました。わたしの話考えてくださったかしらと。その言葉にわたしの口からどんなセリフが飛びだしたと思います。わたしはすばらしい申し出を受けました。あなたのようなうつくしい女性といっしょになれるなど、人生でこれ以上の幸福はありません。どうかわたしのほうから言わせてください。あなたと結婚したいのです。これがわたしの口から出た言葉ですよ。信じられないでしょう」  青年が首をふり乱す。どうにかして現実から逃げだしたいようだ。博士は眠い目でその様子を眺めていた。 「なんで、わざわざそんなことを言ったのかね」 「なぜ、あなたはいつも他人ごとなのです。あなたのよこしたうそつきの薬のせいですよ。そのせいでわたしは心にもないことを口にしてしまいました」 「それはとんだ災難だったな」 「どう責任を取ってくれるのです」 「どうといわれても。取りようがないだろう。あの薬はうそをつく薬であって、頼まれごとをたくみに断る薬ではないのだ」  博士がみっともなくすがりつく青年をふり払う。 「そんな。わたしはこれからどうすればいいのです」  膝をついて床に倒れこむ青年に博士が言った。 「正直に話すしかあるまい。はじめからそうしていればよかったのだ」 〈了〉
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加