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うそつき薬
「博士、困ったことになりました。助けてください」
近所に住んでいる青年が博士の研究所に駆けこんできた。たいしたアイデアが浮かばないので、昼寝をしていた博士が目を覚ます。
「いったい、どうした。なにがあったんだ」
「じつは結婚を申しこまれたのです」
「それはよかったではないか。それで、相手はだれなんだ。教えてくれてもいいだろう」
博士がのんきにあくびをした。
「そんな話ではありませんよ。わたしはまだまだ独身を謳歌したいのです。結婚など考えてはいません」
「なんだ、それならきっぱりと断ればいいではないか。つまらない話だ」
「ひとの人生につまらないとはなんですか。わたしは深刻に悩んでいるのですよ。簡単に断ることができたら、こうも苦労はしていません。断りにくい事情があるのです」
「まさか、おどされでもしているのか」
博士が冗談めかして笑った。
「そんな明確な悪意ならどんなに楽なことでしょうね。ことはより重大ですよ。それというのも結婚を申しこんできた相手というのが、わたしの上司の娘でしてね。この上司というのが、きみのためを思ってとかきみにはぴったりだと思うがねとか、うるさく勧めてくるのです。つまるところ、善意なのです。善意の脅迫ですよ」
「へえ、たいへんなことになったものだ」
「他人ごとみたいに言わないでください。もっと親身に相談に乗ったらどうですか。ほかならぬわたしが頼んでいるのですから」
青年が博士の無責任な態度を注意する。どういう立場でお願いをしているのか、わけがわからない。
「しかし、そうはいってもきみの結論は決まっているのだろう。断るしかあるまい」
「問題はその断りかたですよ。いいですか。相手の気分を害するような言葉を使ったら、今後の仕事にひびきかねません。職場で毎日顔を合わせるのですからね。きわめて慎重に、かつ穏便にことをすませないとわたしの平穏な人生が終わりを告げてしまいます。ああ、なんという試練なのでしょう」
青年が大げさに天を仰ぐ。博士はそんな青年の話を半分くらい聞き流していた。眠りから覚めたばかりだが、まだ眠いのだ。
「残念だが、わたしは力になれないようだ。だれか口のうまいひとを探したまえ」
「とんでもない。ちゃんとした目的があってわたしは博士のもとにやってきたのです」
「そうはいってもな。わたしになにをしてもらいたいのだ」
「とぼけてもむだですよ。最近発明した薬があるでしょう。うまくうそがつけるとかいう。その薬を一錠くれるだけでよいのです」
青年が手を差しだした。はやくよこせということだろう。
「しかし、なあ。うそをつく薬が役に立つのかね」
「そんなもの聞くまでもないでしょう。この世のなかどうなっています。正直者が馬鹿を見るようにできているのですよ。今回の結婚の話だって、ばか正直に断ったら損をするのが目に見えています。しかしですよ。心のまっすぐなわたしはとてもうそがつけないのです。本心と相手への心遣いで板挟み状態ですよ。そこで、しかたなく薬の力を借りようと。そういうわけではありませんか」
青年がまくしたてる。博士は唖然としながら彼の話を聞いていた。
「そこまで話せるのならうそくらいつけるだろう」
「とんでもない。わたしは生まれたときからの正直者なのです。美人にしか美人と言えないたちなのです。わかりますでしょう。さあ、これ以上なにを説明することがありますか。例の薬をください」
再度青年が手を出す。いい加減話につき合うのもめんどうなので、博士はうそつきの薬を青年にくれてやった。
「ありがとうございます、博士。これですべてが丸く収まりそうだ」
「まったく、そういう目的の薬ではないのだぞ。どんな結果になってもわたしは知らない」
「大丈夫ですよ。口から出まかせを言えれば事態がこじれることはないでしょう」
薬をポケットに突っこみ、軽い足取りで青年は研究所をあとにした。
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