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私は、受験勉強をしながら、ピアノの先生の所に、通っていた。
それは、、、。時々、来て下さる
“ 救世軍のおじちゃん ” が、こう言ったから。
【 瑠璃ちゃんは、一芸に、秀でているように思います。】
救世軍のおじちゃんのことを、父は、羽生先生と、呼んでいた。
羽生先生は、神学校を出ている、牧師だった。
羽生先生のことは、これから先に、書くことになっています。
継母のことが、なかなか、書けないわね。
でも、待っていてね。
ピアノは、母も、姉も、弾けた。
私は、バレエを習わされた。その時は、性に合わずに、結局、ピアノを習うことになった。
何か、特技が、あった方が、受験に有利だった
のかも、知れない。
今でも、ピアノを時々弾くけれど、やっぱり楽しいわ。
私が、初等部二年生の、冬に、父の仕事の関係で
N市に、行くことになった。
二年の、予定だった。
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