カンダタの糸は深海に堕ちて

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「ダメです! どうしてもシステムが再起動しません! このままではバラストの分離が……!」  エンジニアが悔しそうに唇を噛む。 「どうしてもシステムが復旧しなかった場合、何か別に再浮上の方法は?」  『かいこう12000』を運用するこの船、『支援船ヨコハマ』の船長が心配そうにやってきた。 「そ、その場合は外部からバラストのロックを外すしかありません。バラストのロック機構は単純なので、近寄りさえすれば外すのは簡単なんですが……」  飯島が下を向いく。 それはそうだろう。『外すのは簡単』と言われても。 「どうします、大島先生。8500メートルの深海ともなると、近づくのは容易じゃありませんよ?」  船長が言う通りだ。何しろ自衛隊の潜水艦ですら数百メートルの潜水が限界なのだ。そこまで辿り着ける船が……。 「ひとつ、手があるとすれば」  飯島がおずおずと口を挟む。  掌に汗が滲むのが分かる。  ああリョウジ。私達が出逢った時にあなたは言ったわよね? 『深海にはロマンがある』って。その通りだと私も思うわ。 ロマンには、も待ち受けているけれど。 「飯島さん、手があるというのは? 8500メートルを潜れる船は世界的にも限られています。今から国際手配をしても……」 船長の言わんとする所は理解出来る。  『かいこう12000』は最悪を考えて5日分の水と食料を搭載している。とはいえ、酸素もその辺りが。とても外国からの救援を待つ時間はあるまい。 けど、『奥の手』が無くもないわよね。『裏技』が残っている。 「『かいこう6500』の投入ですか?」  私の問いに、飯島が小さく頷く。 「ええ! そんな! だっては退役して博物館に展示されているんですよ?! それに『かいこう6500』はその名の通り、最大深度6500メートル……」  『気は確かか』と言わんばかりの船長に、飯島が首を横に振る。 「それはあくまで『設計』です。日本の設計は設計深度を1.5倍して更にプラス300メートル……。理論的には『かいこう6500』でも10050メートルまではイケるはずなんです」 賭けと言えばそうだけど。 「私が何とか手配してみます」と目を見開いた飯島が、少しだけ頼もしく見えた気がした。
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