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クラブの前で 1
夏のもわっとした空気と、雑踏の入り混じった匂いが鼻をつく夜の新宿の街頭で、思いつめた顔をした1人の男を見つけたのが全ての始まりだった。
歳は20歳くらいだろうか。
薄茶色の髪のほっそりした身体つきに黒い長袖のシャツの首元からは白い肌と鎖骨がくっきりと見える。
ここに来るパーティ好きな連中とは、違う雰囲気をまとっている。
「なぁ、悪いこと言わないからやめときなよ」
俺は、とっさに声をかけて制止した。
いつもならクラブに入場する客で、出入り禁止の奴ら以外を断る真似はしない。新宿でもジェンダーフリーな遊び人達が、夜な夜な集まることで有名なクラブだ。
酒も入っているし、ケンカっぱやい奴や恋愛がらみで客同士のトラブルは、時々起きる。
クラブの警備の仕事をしている俺から見ても、こんな自暴自棄みたいなのを入場させたら、どうなるかは分かっている。
ー 強者の餌食 ー それを分かっていて来る客を拒む権利はない。
背後からは、店内で大音響で刻まれているトランスのビートがもれている。
俺は左耳のインカムのイヤホンのズレを直しながら、目の前にいる男の説得をはじめた。
コレは、トラブルを避けるためだ。私情は禁物だと分かっていながら、余計なことに首を突っ込んでいる自覚はあった。
「ハイ!鳴海の newボーイフレンド?」
「こないだも、告白されてたよ〜
鳴海って、髪の毛が真っ赤で背が高いから、遠くでもすぐ分かっちゃう!」
クラブの常連でよく2人でつるんでいる派手なネオンカラーのTシャツの男達が、手を振りながら、適当なことを言って入場していく。
俺は無言でにらみつけたが、彼らは大笑いして、クラブに向かう鉄の階段を降りていった。
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