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ハンスも足を進めた。
数メートル程行った、そのときだった――。
偶然のことだろうか、それはわからない。けれど、その瞬間に急激に、背後に気配を感じたのだ。
ハンスは直感的に振り返っていた。その視線の先に、人間の姿があった。
黒の装束のような姿の人物が、エルヴェルの死体を持ち上げた瞬間だったのだ。
「お前……は……?」
黒の外套をまとった姿だが、しかしブレイバーパラディンではない。しかし、ゼノビアの白の軍服とも違っている。そのどちらにも適合しない、謎の漆黒の服装に身を包んでいる。
「誰だ? ――その男をどうする?」
ようやくハンスの問いかけが届いたのか、その人物はこちらを向いた。どうやら男だ――。
しかしわかったことはそれだけで、素性や身分はまるで不明だった。
ハンスの質問に、男は答えない。
「もう死んでるんだぞ?」
見たところ、武器を所持している気配もない。
こんな戦場で、遺体を丁重に扱っている余裕などないはずだ。
仮に男がゼノビア兵であっても。負傷者と死人は見捨てるのが戦場の基本だ。冷酷な思想を持つゼノビアなら、なおさらそのはずだった。
男は踵を返そうとする。
「待て!」
ハンスは無意識のうちに、レヴォルツを構えていた。斬りかかろうかというところで、男は顔をこちらに向けた。
ゆらゆらと首を振る。
「やめておけ。その剣では無理だ」
その通りだった。しかし――。
「こちらも貴様に手を出すつもりはない。私の任はただ、この息絶えた魂を聖地まで運ぶことだからな」
たしかに攻撃の意思はないらしい。ハンスもレヴォルツの構えを解放する。
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