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「立てるか?」
ハンスは手を伸ばしたが、ユキはそれを握り返さない。
「ハンスは先に逃げて。私は自分のペースで行くから」
突き放すような口調だった。
「いやでも、そんなに悠長にしてられないだろ」
神徒レジーナがどうやってここへやってくるのかはわからないが、開戦からのこの短時間で各地の街へ飛び回り、二機の自走兵器を破壊しているのだ。
そこから逆算すると、おそらく退避する時間もそう長くは取れないはずだ。
「そう、だからハンスは早く逃げて。レジーナ様が来る前に」
「それはできない。ユキもいっしょに来るんだよ」
「でも……」
ハンスはいまだ伸びることのないユキの手を、自ら握りにいった。腕を引いて、立ち上がらせようとする。
とにかく今は一刻も早くここを離れるべきだ。たとえユキを引きずってでも――。
ユキは負傷していないほうの左足一本で立ち上がった。しかしすぐに表情を歪めた。よろけて身体のバランスが崩れそうになる。
「相当悪いのか……?」
「……だ、大丈夫だから」
ユキは眉を寄せながらいった。
たぶん、大丈夫ではないのだと推測する。
しかし、ユキはこの場では本音を語らないだろう。彼女の本心を悟ることはできないが、ハンスだけでも逃がそうとしているのだ。おそらく――。
ただ、退避命令が出たことは追い風だった。迷うことも、後ろめたいこともない。とにかく優先させるのは避難だ。
撤退戦が始まっている可能性もある。ゼノビア兵がどう出てくるかは未知数だが、敵の進行を食い止めながら、徐々に戦場の中心部からフェードアウトしていけばいい。
そのしんがりを勤めるであろうブレイバーよりは早く撤退しなければ、その役目を担う人員にも迷惑がかかる。
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