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誰かが迫ってくる気配を感じたのは、そんなときだった。
これまで追い抜かれたブレイバーたちの誰とも違う、強烈なプレッシャーを放つ何かが、急速に接近している――。
高速で移動していたそれは、ハンスたちを追い越して、十数メートル先で止まった。
一瞬、敵襲を疑った。しかしその人物は、ハンスの見慣れた服装に身を包んでいた。
黒い軍服の背中――アルディスのブレイバーだった。
ブレイバーパラディン。後頭部でまとめられた、明るめの茶髪が、動物の尻尾のように垂れ下がっている。
この後ろ姿は――彼女だ。
それがわかった途端に、強烈な緊張感に襲われた。
「――ハンスくん。何をしているの。早く撤退しなさい」
シェイラはこちらに背を向けたままで、まるで抑揚のない口調でそういった。
「はい、撤退してます。――少し時間がかかるので、先に行ってください」
「この戦場のしんがりはあたしよ」
明瞭な声音が、瓦礫の中で響き渡る。
「あたしより後ろには、もうレジーナ様以外誰もいない。本気で撤退する気があるなら、今ここで決めなさい」
決める――。
「それはユキを――あなたの部下をここに置き去りにして逃げるという決断をしろということですか」
そこでようやく、シェイラはこちらを振り返る。トレードマークでもある彼女の眼鏡の下には、氷のような冷たい瞳が鈍く輝いていた。
「あらあら、なかなか性格の悪いいい回しをするじゃない? ――そうね、悪意に満ちた表現をするならそういうことね。けれどこれは、アルディス軍人としての正当で正式な忠告よ。必要な戦力をみすみす失うことは悔いが残るからねん」
試しているのか、楽しんでいるのか、最後のほうはおどけた声で告げた。
「ユキだって必要な戦力ですよ。俺よりも……」
無論、シェイラもわかっていることを、わざわざ口にしてしまった。
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