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彼女は中指で、眼鏡を上げる仕草をする。そして微笑を浮かべた。
「残念だけど、無理に動かすこともできない彼女を、助けるだけの時間は残っていない。選択肢は二つ、一人が死ぬか、二人とも死ぬか――」
シェイラのいうことが正論だということはわかっていた。戦場では繰り返されてきたことだ。
わかっている――。
ユキの他にも、動けない負傷者は大勢いる。その彼らを尻目に、ユキだけを助けることがどういうことなのか――。
わかっていながら、やはりユキを見殺しにする選択はできない。
「シェイラさんのいう通り。ハンスは先に行って……!」
唐突にそういって、ユキはハンスの肩を引き剥がそうとした。その反動で、ユキの身体はバランスを崩した。
「あっ……」
支える間もなく、ユキは身体の横から大地に倒れる。受け身も取れていない、衝撃をもろに受けるような倒れかただった。
「い……っ……」
ユキの表情が苦痛に歪んだ。
「ユキ!」
彼女の隣にしゃがんだ。
無理だ――。
今のユキを一人にはできない。
「さあ、どうするの?」
シェイラの詰問が始まった。金縛りのように、身体が動かせなくなる。それくらいの圧力を感じる。
「もう時間はないわ。あと三十秒。――ハンスくん、あなたは未来を見たくないの?」
ユキは右脚を押さえている。ふくら脛から足首の間のあたりだ。
顔色は青白く変化していた。発汗も異常だ。やはり重症であることを隠して、気丈に振る舞っていたのか――。
もはやユキが一人で逃げられないことは明白だった。
「未来は――見ますよ。このユキと一緒に」
「綺麗事はよしなさい」
ぴしゃりと、遮るようにシェイラは口を割った。
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