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そんな状態でありながら、自分が危ない状態でありながら、ユキは告げる。
「逃げて。ハンスだけでも生きて――」
ユキの瞳に、滴が浮かんできた。それはみるみる大きくなって、頬を伝って流れ落ちる。
なぜ、ユキが、こんなに悲しそうな顔をしなければならない?
仮にここで死ぬのだとしても、その最期の瞬間を、悲しみとともに迎えさせるわけにはいかなかった。
これが決定した未来だというなら、運命だったというのなら、せめて――穏やかに、笑ってそのときを迎えたい――。
「ユキ。もう――」
「ハンスっ!」
突然ユキの大きな声が聞こえたかと思うと、彼女は身体を大きく捻って、ハンスの腕の中から離れた。
そして即座に、倒れ込みながら背後に魔法を放った。
その反動もあって、ユキの身体が地面に叩きつけられた。痛みを伴ったのだろう、ユキの表情が苦痛に歪んだ。
わけもわからないまま、ハンスは後ろに視線をやった。そこには、鈍器を手に携えた男が立っていた。
ボロボロに乱れてはいたが、白の軍服をまとっていることから、それがゼノビア兵の生き残りだとすぐにわかった。
今後の顛末を察知して、最後に刺し違えようとしたところなのだろう。
無論、戦っている場合ではないが、しかし、倒さなければ逃げきれない。
ユキと一緒に逃げるためには、襲いかかってくる者は何人たりとも近づけるわけにはいかないのだ――。
「すぐに終わらせる!」
ハンスはレヴォルツを抜いた。マナを付加しようとする。
レヴォルツの刀身にマナが行き渡ろうとしたそのとき、普段はない異音がした。パキパキと無理な力がかかったような音だった。
見ると、刀身の一部で、レヴォルツの素材そのものが欠けながら剥がれ落ちようとしていた。
そして恥ずかしながら思い出した。レヴォルツにヒビが入ってしまったことを。
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