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「ユキ……」
「戦争が終わったらいうつもりだったのに……ハンスに先にいわれちゃった」
ユキは、はにかんだ。その笑顔が、何にも変えがたく、とてもいとおしく見えた。これが最後などと思いたくなかった。
ハンスは自分の顔を、ユキに近づけた。ユキの唇に、自分の唇を近づけた。ユキが驚いた顔をする。
「――まだ戦争が終わってないから、ダメか?」
冗談っぽくそういった。けれどユキがどう返答するかは、ハンスにはもうわかっていた。
ハンスの想定どおりに、ユキは小さく首を左右に振った。
「最後だから……いいよ」
ユキは瞳を閉じた。
最後だから、か――。
これが最初で、そして最後になる。
これほど嬉しくて、そして悔しい気持ちなどあるだろうか――。
複雑に揺れる心を抑えながら、ユキの唇に、自分の唇を近づけようとした――。
まさに、そのときだった。
背後にあった石の壁が、巨大な爆音を立てながら崩壊を始めた。その隙間から、瞳を焼くかような、言葉で表しきれないほどの光が差し込んだ。光の帯が遠くまで延びるかのように。
二人はバランスを崩していた。負傷したユキが、無理な体勢で地面に倒れた。瓦礫が降ってくるかもしれない。
ハンスはユキに覆い被さるようになった。
幸いにも防御魔法はまだいくらかは残されているはずだった。石の落下くらいになら、耐えられる。
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