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「終わり……ました……。足はもう……大丈夫」
言葉を途切させながら、レジーナがいう。
そこで初めて気づいたが、レジーナの額には大粒の汗が滲んでいた。いかなるときも優雅さと余裕を崩さなかった彼女が、苦しげに眉根を寄せて、疲れたような表情を浮かべている。
「レジーナ様……大丈夫ですか……?」
今度こそは心からの本音だった。はっきりいうなら、見た目からは大丈夫とは思えない。
「大丈夫ですよ……」
と、レジーナはいった。微笑みを浮かべた。頬に雫を伝わせながら。
「いついかなるときも。女神アイリスの魂がこの心に宿るかぎり、私は大丈夫です……」
もはや強がりにすら聞こえてくるが、まさか神徒様を相手にそんな野暮な質問はできない。
とにかく、ユキを任せるしかない。
「さあ、時間は……待ってはくれません……。すぐに、彼女の身体に蓄積しているダメージを取り除きます。今度は……私の全身全霊をかけて」
全身全霊を――。
それが終わったとき、レジーナはどうなるのだろう。
彼女は、自分の肉体の終わりが近づいていると、そういった。それが導き出す結末は、たった一つしか考えられない。
ハンスはそれを確認したかった。けれど、安易に口にすることはできない。
もしもその回答を聞いてしまったら、躊躇の心が生まれてしまうかもしれないからだ。それくらい、最低最悪の答えを、レジーナが導き出すことが、心のどこかではわかっていた。
だから訊けない。訊かない――。
わかっていながら、訊かない。
卑怯者だとなじられてもいい――。
神徒レジーナはアルディスにとって代わりのいない尊い存在であるが、それと同じくらい――いやそれ以上に、ハンスにとってのユキは何者にも代えがたい、かけ替えのない存在なのだ。
だから訊かない。この治療が――儀式が終わるまでは――。
ユキが一命を取り止めるその瞬間までは、たとえレジーナにどんなことがあろうとも、この儀式を止めるつもりはない。
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