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本音では抱きつきたいくらいの衝動があったが、しかしまだどこか、痛めている箇所が残っているかもしれないと思い、自重していた。
ハンスが相当情けない表情をしていたのか、ユキは呆れたように表情を柔らかくしたが、それもすぐに終わった。
はっとしたように険しくなると、早口で告げた。
「――レジーナ様は!?」
ついに、きたか――。
そういう気持ちだった。ユキの無事のほうに気を取られたまま、悪いことは忘れてしまいたいと目を背けていたが、それは恩知らずというものだろう。
ユキが一命を取り止めたのも、彼女あってのことなのだ。
ハンスは視線で知らせるために、今は静かに横たわる、レジーナのほうへと顔を動かした。ユキがそれを追う。それから、息を呑んだのがわかった。
「レジーナ様っ!」
ユキは即座に身体を動かそうとした。けれどやはりまだ、目覚めきっていなかったのだろう。バランスを崩したところを、ハンスが受け止めた。
二人でゆっくりと移動して、レジーナの左右についた。
レジーナはとても安らかな表情をしていた。ハンスはレジーナの腕を取った。そしてユキにしたのと同じように、彼女の手首に指の腹を添えた。
想像はできていたが、指の感覚が血流の反応を捉えることはなかった。
ハンスは無言でゆらゆらと首を振った。
ユキにも覚悟はできていたのだろう。特別取り乱すことはなかった。ただ神妙な面持ちで、亡きレジーナの穏やかな表情を見つめていた。
すべてを受け入れたような表情だった。疑いもなく悲しみもなく後悔もなく、揺るぎなく自分の生涯を余すことなく全うしたと、そう語りかけてくるかのように。
レジーナにはいったい、どこまでの未来が見えていたのだろう。
それもまた、『ノアの意志』が示した未来なのだろうか。
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