四章 化神の力

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 やがてユキは、かすかな嗚咽を漏らし始めた。  こんな場面での最適な行動は何なのだろう、とハンスは考えた。子どもの頃だったら、お節介にユキの涙を拭ったりもしたのだろうが、今となってみると、それは少し違う気がした。  ならばこうして、ユキが納得のいくまで、静かに寄り添っていることが、正解に近いのだと思う。  ユキは不意に、身体を反転させた。ハンスの身体に胸を埋めたようになった。荘厳で閑静な聖堂に、彼女のすすり泣く声だけが響いていた。 「ねぇ……ハンス……」 「――なんだ?」 「私は……」 「ん?」 「私……は……」  その続きの言葉が出てこない。だからこそ、さまざまな展開が空想された。ユキは何をいおうとしたのだろう。  ブレイバーを辞めたい――ということはないだろう。  レジーナに救われた命なのだ。むしろ、彼女の想いに報いるには、アルディスに平和をもたらすしかない。  だとしたら、やはり悲しみか。いや、罪悪感か――。  レジーナことで気に病んでいるのかもしれない。端的に表現するならば、ユキはレジーナから命を受け取ったようなものなのだ。 「レジーナ様のことなら――もう気にするな。ああすることを決めたのは、彼女自身なんだ。レジーナ様が望んだことなんだ」  生き残った側の都合のいい解釈だというなら、それでいい。  けれどレジーナは、嘘偽りなく自分の意志でそれを決めたのだ。きっと『ノアの意志』ではない、自分自身の意志で。 「そうだよ……だから……私は……」  ユキの嗚咽が大きくなった気がした。彼女の死にそこまで心を動かされているのか。パラディンという立場上、これまでにそれなりの関係があったのかもしれない。 「私は……もう……逃げられないね……」  逃げられない――か。 「戦いから、か? それは――そうだな。ブレイバーである以上、この戦争が終わるまでは、投げ出すことはできないな」  ユキはそこで、何かぎこちない間を作った――ような気がした。なんだろう。言葉では表現しがたい感覚だ。  何かが二人の間で微妙にズレているような、微かな違和感を覚えた。
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