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やがてユキは、かすかな嗚咽を漏らし始めた。
こんな場面での最適な行動は何なのだろう、とハンスは考えた。子どもの頃だったら、お節介にユキの涙を拭ったりもしたのだろうが、今となってみると、それは少し違う気がした。
ならばこうして、ユキが納得のいくまで、静かに寄り添っていることが、正解に近いのだと思う。
ユキは不意に、身体を反転させた。ハンスの身体に胸を埋めたようになった。荘厳で閑静な聖堂に、彼女のすすり泣く声だけが響いていた。
「ねぇ……ハンス……」
「――なんだ?」
「私は……」
「ん?」
「私……は……」
その続きの言葉が出てこない。だからこそ、さまざまな展開が空想された。ユキは何をいおうとしたのだろう。
ブレイバーを辞めたい――ということはないだろう。
レジーナに救われた命なのだ。むしろ、彼女の想いに報いるには、アルディスに平和をもたらすしかない。
だとしたら、やはり悲しみか。いや、罪悪感か――。
レジーナことで気に病んでいるのかもしれない。端的に表現するならば、ユキはレジーナから命を受け取ったようなものなのだ。
「レジーナ様のことなら――もう気にするな。ああすることを決めたのは、彼女自身なんだ。レジーナ様が望んだことなんだ」
生き残った側の都合のいい解釈だというなら、それでいい。
けれどレジーナは、嘘偽りなく自分の意志でそれを決めたのだ。きっと『ノアの意志』ではない、自分自身の意志で。
「そうだよ……だから……私は……」
ユキの嗚咽が大きくなった気がした。彼女の死にそこまで心を動かされているのか。パラディンという立場上、これまでにそれなりの関係があったのかもしれない。
「私は……もう……逃げられないね……」
逃げられない――か。
「戦いから、か? それは――そうだな。ブレイバーである以上、この戦争が終わるまでは、投げ出すことはできないな」
ユキはそこで、何かぎこちない間を作った――ような気がした。なんだろう。言葉では表現しがたい感覚だ。
何かが二人の間で微妙にズレているような、微かな違和感を覚えた。
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