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教会に着いたときには、太陽はもう、半分は大地の中へと溶け込んでいた。深い青色をした空の端のほうに、わずかな赤い光が差していた。
教会の周囲に人影はなかった。
基本的には、利用時間内の立ち入りは自由となっているが、この時間ともなると、街の人々の大半は帰宅して晩餐の準備に取りかかるため、教会はひっそりと静まり返ることになる。
ハンスは教会の扉の取っ手に手をかけた。
ユキはもう到着しているだろうか。そんなことを思いながら、扉を手前に引いた。
中は薄暗かった。点々と灯りがともされているとはいえ、そもそもの照明設備がそれほど充実していないので、夜間は必然的にこうなるのだ。
ハンスはまっすぐ正面に視線を飛ばした。
その中心には、例によって巨大な像が存在している。女神アイリスと魔王リエスを象ったそれだ。この教会では、二人の神が手を取り合っているようなデザインとなっていた。
ゆっくりと、その像から、床に近いほうへと視線を落としていく。
そこに人の姿があった。それがより暗く見えるのは、その人物がブレイバーパラディンの黒い軍服を身につけているからだ。
ユキに間違いない。ハンスは、両側面に並べられた長椅子の間を通って、ユキの立つ場所へ歩いた。
「悪い、ユキ。待ったか」
するとユキは、ゆっくりとこちらを振り返った。
よく見ると、右手に何かを持っている。何か細くて長さのあるものだ。その何かが、上質そうな緑の布によって覆われてる。
「ハンス。今日も実習、お疲れさま」
第一声、ユキはそういった。定型文的な言葉でありながら、どこか距離感のある言葉でもあると、ハンスは思った。
「お疲れ様。ユキのほうも、な」
ユキはにっこりと笑う。
やはり、あの日から感じていた、ユキの余所余所しい雰囲気は消えているように思う。
かといって、幼馴染のユキが発していた、柔らかさのある雰囲気とも違うような――そんな気がしている。
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