物語第一夜 〜振り返ると〜

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 カツン。カツン。カツン。  おかしい。  何かがおかしい。  いつもならとっくに出口が見えてくるはずなのに、いくら歩いても一向に出口が見えてこない。  駅からすぐのこの地下道、中は一本道で迷うはずが無い。  歩くスピードはいつもより速いくらいなのに。 とりあえず今は気にせず、もう少し歩いてみよう。  カツン。カツン。カツン。    ・・・。    ・・・やっぱり気のせいじゃない。  歩いても歩いても出口が見えてこない、それどころか、もうとっくに家に着いていてもおかしくないくらい歩いてる。  待て待て、これは夢か?夢オチか? そろそろ目覚ましが鳴っていつもの朝が訪れるって流れのやつか。 分かった。分かったよ。良いよ、目覚ましが鳴るまでひたすら歩くよ、歩けば良いんだろ。  最近仕事が忙しくて疲れが溜まってたからな、こんな夢も見るだろう。  そんな日々も今日で終わりを迎える。  思えば当時は、でかいプロジェクトを任されプレッシャーに押しつぶされそうになっていたけど、チームのメンバーや頼りになる上司、優秀な部下たちのおかげで何とかここまで来れた。 今日はそのプロジェクトのプレオープンの日、絶対に成功させる自信がある。  まずは、朝のミーティングで今日のプレオープンでの予定を最終確認する。  そう言えば、緊張しすぎたのかチームメンバーの佐々木がコーヒーに塩を入れてたな。  それに、午後3時から始まるプレオープンでは、3時と13時を聞き間違えた鈴木が焦って意味不明な言葉を発していたな。    ・・・ん?  ちょっと待て、何でだ?  何で今日起きることが分かるんだ。  もしかして、、、予知夢とか? 俺は予知夢でも見ているのか? それともそうなって欲しいっていう願望がそうさせているのか?  いやいや、佐々木がコーヒーに塩入れようが、鈴木が3時と13時を聞き間違えようがどうでも良いよな、そんな願望なんて意味不明だろ。  ・・・ハハハ。夢か現実かもう訳分かんなくなってきた。 少し落ち着こう、夢でも現実でも良い、もう予知夢なら予知夢で良いから、今日起きることを考えてみよう。いや、今日起こったことを思い出してみよう。  今日の朝も、いつも通り6時30分に目覚ましが鳴って起きた。 連日の終電帰りのせいで起きるのが辛かったが、そんな日も今日で終わると思うと何とか頑張れた。  俺は朝シャン派ではないので普通に歯を磨き、顔を洗う。朝食はプロテイン入りのシリアルバーを2本と、豆から挽いたコーヒーをブラックで飲むのが最近の流行りだ。   今日はいつものネクタイではなく、勝負用の赤いネクタイで気合いを入れて家を出た。  駅まで向かう途中、猫の散歩をしているお婆さんとすれ違った。毎日あのお婆さんにすれ違うけど、猫って散歩いる?っていつもつっこみたくなる。でも完全にあのばあさんぼけてるよな、だって何かぶつぶつ言ってるし。  公園を通ると、リストラされたのを家族に言い出せないおっさんが、今日もビシッとスーツを着てベンチに座って遠くを見つめている。  俺は、あの漂っている負のオーラが纏わりつかないよう、おっさんと目を合わせないように足早に公園を通り抜ける。  公園を通り抜けると駅へ繋がる地下道がある。階段を降りて通路を歩きながら、ちらほらと壁に貼ってあるポスターを何となく視界に収めながら駅へと向かう。勧誘のチラシや消費者金融のチラシ、自衛官募集のポスターまで貼ってある。地下道を抜けて駅へ着くと時刻通り電車がやって来た。いつまでたっても慣れない満員電車に20分ほど揺られ目的の駅に着くと、そこからは徒歩で会社へと向かう。  会社へ着くと上着をロッカーに仕舞って、俺はミーティングルームに入った。今日のプレオープンの予定を最終確認するためだ。  程なくしてチームのメンバーが集まってくる、皆で最終確認をしていると、緊張しているのか佐々木が間違えてコーヒーに塩を入れて吹き出していた。  午後3時から始まるプレオープンの準備は順調に進んでいた。ただ一つ問題だったのは、鈴木が、スピーチをお願いしていた社長に3時と13時を間違えて伝えてしまっていたことだった。社長は笑って許してくれたが、鈴木には約2時間程、秘書からの説教が待っていた。  皆の頑張りの甲斐もあって、午後3時から始まったプレオープンは大成功のもとに幕を閉じた。社長からもお褒めの言葉をいただき、チームメンバー全員へのボーナスも約束してくれた。細かいところの修正やグランドオープンに向けての調整はまだ残っているが、概ね満足のいく結果を出せたと思う。  片付け後、予約していた店で皆で打ち上げをして、おおいに盛り上がったのは言うまでも無い。まだまだ皆、呑み足りなそうにしていたが、明日も仕事ということで終電に間に合う時間でお開きとなった。大成功の余韻に浸っている皆を見送って俺も終電に飛び乗った。  良い気分で電車に揺られ駅に着いてホームを見渡すと、平日の終電とはいえいつもよりだいぶ降りる人が少ないように感じた。  その何人かも改札を出ると俺とは反対の方へ帰って行った。  俺は改札を出て地下道に入った。誰も居ない地下道なんて普段なら少し不気味に感じるが、今日の俺はプレオープンの成功で気を良くしていたし、酔いも手伝ってそんなこと全然気にもならなかった。  ・・・そして、今に至る。    そうだ。そうだよ。それだよ。酔ってるんだよ。酔っ払いなんだよ。だって呑んだもん。嬉しさのあまりめちゃくちゃ呑んだもん。だからちゃんと歩いているつもりでいただけで本当は全然進んでなかったんだよ。  よし!原因も分かったことだし、明日も早いし、気を取り直して歩こう。  カツン。カツン。カツン。  カツン。カツン。カツン。  ・・・。  ・・・違う。そうじゃない、やっぱり進んでない、酔いのせいじゃない。    ・・・もしかして、これって、、、。  あれか、あの最近流行ってる異世界転生とか、タイムスリップってやつか。 マンガやドラマの中だけだと思っていたけど、まさか本当に実在したのか。    ・・・って、そんなわけないか。 「・・・ですか?」 「・・・ですか?」    ん? 後ろの方で何か聞こえる。 「大丈夫ですか?」 「大丈夫ですか?」  何だ?誰に言ってるんだ?何かあったのか?    もしかして、、、。俺に言ってるのか?  やっぱりそうか、そうだよな。何が異世界転生だよ、何がタイムスリップだよ。ただの酔っ払いが転んで意識飛ばしてるだけじゃねーか。  いやいや大丈夫ですよ。ちょっと躓いて転んだだけですよ。心配しないで下 さい。すぐに立ちますよ。  ・・・。  ・・・?  え?、、、。  ・・・何で?何で俺がそこで倒れてるの?転んだ時に頭でも打ったのか、これはもしや、、、。幽体離脱ってやつなのか。すいません通りすがりの人、こんな時間にこのダメな酔っ払いの面倒見なくちゃいけないなんて、なんて運の悪い人。後で絶対お礼しますからね、名前と連絡先教えて下さい。  ・・・あれ?この人どっかで見たことある、、、気がするような、しないような。、、、どこだっけな?    ビシッとスーツを着たおっさん。  ・・・。  ・・・!    あ!公園だ、公園に居たあのリストラされたおっさんだ。   でも何で、、、いや違う、何かが引っかかる。  公園に居たおっさんなのは間違いない、けど他にもどこかで、、、。  ・・・。  ・・・!そうだ!ポスターだ。この地下道に貼ってあるポスター。その中の、、、。どれだっけ?自衛官募集のモデル?少年野球の監督の写真?  ・・・あっ。  そうだった。何で忘れていたんだろう、ちゃんと見ていた訳ではないけど、毎日通っていたんだから、いい加減記憶に残ってるはずなのに、、、。 きっと俺には無縁のものだと思って忘れていたんだな。  指名手配犯の顔なんて、、、。  まさかこのおっさんが指名手配中の犯人だなんて、、、。  だから何だ、俺とあのおっさんは知り合いでも何でも無いし、恨まれるようなことなんて何もしてない。だって話したことも無いんだから。    ・・・いや、ある。一度だけ話したことがあった。  自動販売機でジュースを買うのに、10円足りないから貸してくれって突然出てきて言われたんだった。あの時は正直びびった。でも10円ぐらいどうでもいいと思って返さなくていいって言って、あげたんだよな。  それが気に入らなかったんだろうか。  でも「大丈夫ですか?」って言いながら、背中をさすってくれてるみたいだし、やっぱり俺の見間違いってこともあるよな。    ・・・え?  ・・・嘘だろ。  ・・・何で。  背中をさすってるんじゃない。あのおっさん大丈夫ですか?って言いながら何回も俺の背中を刺してる。  どうして、どうしてだよおっさん。 「・・・しやがって。」  え?何だって? 「俺の手柄を横取りしやがって。死ね、佐藤。」  え?手柄?横取り?、、、俺が?  俺がおっさんの手柄を横取りしたって、、、。そう言えば、あのプロジェクトには前任のリーダーがいたって、何かやらかしてクビになったって風の噂で聞いたことがある。  そうか、それで俺を恨んでいたのか。俺のことを調べて、似たやつを片っ端から殺していたのか。    ・・・逆恨みもいいとこだろ。  そうか、そうだったんだな。あの公園でずっと俺のことを見ていたのか。  今日のこの日をこの瞬間をずっと待っていたんだな。  そう言うことか、やっと理解したよ。いや、正直薄々は感じてたんだよな。  あの婆さんがぶつぶつ言ってたのだって、わざと聞こえないふりして、気づかないようにしてたし。    ・・・だって、あの婆さん、もうとっくに死んでるのに、、、。  とうとう俺にも出口が見えて来ちゃったか・・・。  あのおっさんもまだ刺してるし・・・。    ・・・。      あ~あ、振り返るんじゃなかった。  ・・・。  ・・・・。    ・・・・・。 「だって俺、加藤だし・・・。」       
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