余興のトマトジュース

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「これはお見苦しいところを。ベータはご主人様と長時間会話をすると血を噴き出してしまうのです」 「どうして」 「例えるなら、推しのアイドルを目の前にしたオタクのようなものでございます」  素人のおじさんをアイドルに例えないでほしいし、そもそも長時間も喋ってないじゃん。普段無口だったのって、それのせい?  アルファの説明を咀嚼できる気がしない。考えたくなかったが、まさかこれがジェネレーションギャップなのか? 違うと信じたい。  理解は追い付かないが、ベータが異常事態なのは確かだ。 「とにかくその血を――」  ハンカチを差し出そうと椅子から腰を浮かせたが、目の前の衝撃的な光景に釘づけになった。  ベータの右隣にいる使用人――ガンマが、俯くベータの顔の下に、(から)のグラスを置いた。ベータの鼻から血が滴っているので、グラスの中にぽたぽたと血が溜まっていく。  そのグラス、どこから出した。  中腰のまま異様な現場を凝視していると、ガンマに「おかけください」と声をかけられた。言われた通り椅子に座り直す。 「ご主人様、彼も嘘をついております」  ガンマが真剣な面持ちで主張し始めた。  また始まった。さてはこの3人、互いに(かば)い合っている……?  ガンマは少し変わり者だが、頭がいい。ここで巧妙な事を言われてしまったら、さらに頭を悩ませてしまう。 「私の誤発注が原因なのです。名前が酷似しているブラッドオレンジジュースを仕入れてしまい――」 「トマトジュースだって言ってるでしょ」  明らかな大嘘に、深いため息をついた。  嘘を吐くならもうちょっと練っときなよ。  しかし恐ろしいことに、テンションがハイになったアルファの話だけ、嘘かどうかわからないままだ。エキサイティングモードの彼なんてお目にかかったことないし、計り知れないほどにホラーなので正直目に触れたくない。  何はともあれ、アルファが唯一の解決の糸口である。  カオスな状況の中で、やっとの思いで分析が終わった頃。ベータの下に置かれていたグラスに、1杯分の量の血が溜まった。  ガンマがそのグラスを手に取り、立ち上がる。 「ご主人様。謝罪の途中ですが、こちらの血をどうぞ」 「それ、鼻から出てたやつだな?」 「あははは、鼻血ですね」 「キミは少し同僚を心配した方がいい」  ガンマが微笑んだまま私の元へ歩み寄ってくる。  やめなさい。そんなものを持ってくるな。
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