余興のトマトジュース

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「ご主人様、そろそろお時間です」 「私はもうおじさんだよ……」 「違います。 "おじかん" です」  アルファが告げると、使用人たちが動き出しているのを気配で感じた。顔を覆っていた手を恐る恐る退ける。3人は立ち上がっており、こちらを見て微笑んでいた。  アルファの手が動き、部屋の出入り口を指し示す。 「準備が整いました。パーティー会場へご案内いたします」 「パーティー? そんな予定を入れた覚えは無い」  私が警戒すると、アルファは驚いた表情をした。そのまま数秒こちらを見ていたが、やがてその顔が柔らかい笑みに変わる。 「お忘れですか? 本日は、ご主人様の誕生日でございます」  たん……じょうび?  呆気に取られながらも、顔を動かし、デスクに置いてある卓上カレンダーを確認した。  本当だ。今日、私の誕生日だ。 「ご主人様の退勤時間に合わせてパーティーの準備をしておりましたが、先ほど早めに退勤なさると伺った際に、間に合わないと判断しました」  確かに、いつもより仕事が(はかど)ったので、早く上がろうとか口走った気がする。実際、早く切り上げたし。   「準備が整うまでの間、僭越(せんえつ)ながら我々の余興で足止めした次第でございます。しかし……」  アルファは一度言葉を切り、表情を曇らせた。 「その際にお出しした物で、ご主人様の気分を害してしまいました。申し訳ございません」  頭を下げるアルファに続けて、ベータとガンマも謝罪し頭を下げた。  いろいろ言いたいことはある。  早く退勤したと言っても、10分くらいだ。余興で足止めなんてしなくても、ここで待つように言ってくれれば1人で時間潰せたよ。退屈させないようにと、彼らなりに配慮してくれたのだろうか。  それに私が腹を立てた根本原因はトマトジュースそのものではなく、人間の血とすり替えられた裏切り行為だ。  しかし、ここで起きたやりとりはあくまで余興。全て嘘だったのだ。  これらはすべて、私を祝うために彼らが取り計らった事。そう考えると、彼らの嘘がとても微笑ましく感じてしまう。  私は深呼吸してから、身を(てい)する使用人たちを見つめる。頭を上げるよう声をかけると、彼らはゆっくりと上半身を起こした。 「先ほどの発言を撤回させてほしい」  3人は緊張した面持ちで私を見ている。
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