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いっこうに泣き止まなくて、正直困った。
まともに人と関わってこなかったことが敗因だろう。どんな言葉をかけたら笑ってくれるのか、ぜんぜんわからない。
白いベッド。ひとりきりの無機質で薄暗い部屋。付いていないテレビ。泣き顔の彼女。
「……俺、どうしたらいい」
堪えらきれなくなって頼るように問いかけると、藤宮守寿は両腕を広げた。
「じゃあ、ぎゅってして」
「…は?」
思わず後ずさると、彼女はぶふふと笑い出した。
「いやここで笑うのかよ」
「直矢くんが真っ赤な顔で照れるからでしょ」
「おまえだってあの時真っ赤な顔してたからな」
「それは、しょうがないでしょ。同じ気持ちだったこと、今までで一番うれしかったんだもん」
じゃあなんで。
その言葉はなんとなく声にできないまま飲み込んだ。
「で、ぎゅっとしてくれないの?」
「…退院したらな」
「じゃあがんばる。今までで一番がんばるよ」
今までで一番って言い過ぎじゃね。どんだけだよ。
だけど俺にとっても、今までで一番の時間だった。
「うん。俺が応援してやるよ」
「ぶふふ。それは頼りがいがあるね」
「揶揄ってんだろ」
なんでもいいや。どうでもいい。
閉め切られていたカーテンを開けると、彼女はまぶしそうに目を細めた。
「久しぶりに見た、青い空」
しばらくして、彼女の家族から病名を聞いた。幼い頃からずっと患っていて、治ることはないと知った。
ピアノは、入退院の繰り返しで満足な練習ができなくなってやめたらしい。
プレハブ教室の図書室や図書館、パソコン、時には彼女と仲が良い看護師を捕まえて、俺もその病気のことを知っていく。
彼女が俺を避けたこと。
それでも、今は俺の傍にいてくれること。
明確な言葉や定義は何もなかったけれど、その理由は痛いほどに伝わってきた。
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