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「七重の言葉聞いたでしょ?わたし、泣いちゃいそうなんだけど、どうしよう」 中庭につくなり騒ぎ出すから、うるせえな、と文句をつぶやく。 すると彼女はぐっと身を寄せて「泣いたらなぐさめてくれる?」と涙を溜めた目でこっちを見上げた。 「ダルいから泣くな。おまえって泣くとけっこう本当にダルいからな」 「わかった、泣かない!」 泣かないのかよ。我慢できるのかよ。最初からそうしろよ。 長いため息をわざとついて訴えたつもりが、彼女は涙をぬぐって笑いはじめた。表情がころころ変わるから、いつも、追いかけるのが大変だった。 「直矢くん、体育得意なんだからちゃんと出ればいいのに」 「着替えめんどくさい」 「なんでもめんどくさいで片づけたらいろんなもの逃がしちゃうでしょって何回も言ってるでしょ」 まあ、最初は本当にただ着替えが面倒だっただけ。 いつの間にか藤宮守寿と会う時間に変わってったから、今日はつい足がここに向かった、なんて、口が裂けても言えないけど。 「次の体育はちゃんと出てね。わたし、直矢くんの体育着姿って気に入ってるの」 「…いや、なに笑ってんの」 「ぶふふ…、だって、ぶふふっ」 ぶふふじゃねえよ。変な笑いかた。この笑いかたは人のこと揶揄ってるとき。 つまり体育着姿が似合わなくておもしろいって思ってんだろ。うぜえ。こういうところは最初も今も関係なくすげー嫌い。 「ねえ、直矢くん、手繋ごうよ」 こういうところも、すげー嫌い。 「繋げねえだろ」 「物理的には繋げないけど、手を重ねて、そうした日のことを思い出せば、繋いでるみたいになれるでしょ」 物理的にって色気ねえな。 手を差し出される。ちゃんと指のぎりぎりまで切られているのに縦に長いきれいな爪のかたちも、長い指も、自分のお気に入りなんだって何回も聞かされた。 この間も思い出したそれを、あと何度思い出す羽目になるんだろう。
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