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そのアパートの敷地は妙に暗い雰囲気を醸し出していた。まるで「忘れ去られた下町」というテーマで建材写真に収まってもいいようなさびれた建物だ。二十八年前に事件があったアパートは取り壊し、新しく建て直したはずなのになぜか鬱蒼としていて、コンクリの塀だからなのかヒンヤリと冷たい感じがする。玄関はポッカリと口のように四角に開いていて、中を覗くと、右手奥に二階へ続く階段が見えた。
窓から女の人の影が見えたのは二階だ……。
行きたくないと僕の足が主張する。
「深月、外観をグルリと撮ってこい」
「はっ! はい!」
良かったぁ~、外なら大丈夫。まだ陽も出ているし。
元は白かっただろうコンクリの建物は今は雨風に晒され灰色に汚れている。定期的な塗り替えなどのメンテナンスはおざなりのようだった。
ハンディカメラの録画スイッチを押し、入口から左手へ向かって移動する。西側の壁へグルリと回ると、三階建ての建物の壁は、ほぼ一面が真っ黒に汚れていた。正面のくすんだ汚れとは比べ物にならないくらいだ。煤なのか、カビなのか、埃汚れなのかは不明。 その真っ黒に汚れた壁を下から上へゆっくり撮影して建物の裏へ回る。
北側へ回り込むと、隣にはどこかの会社の大きな倉庫があった。敷地ギリギリまで建っている倉庫のせいで幅も狭く、昼間でも日が当たらないのか空気もジメッとしている。きっと一日中、日陰なんだろう。雑草すらあまり生えてない。
建物の半分を過ぎたところで、道路沿いにある駐輪場から人影がゆっくりと伸びてきた。アパートの住人が帰ってきたのか。その黒い影はずっと動かない。
突っ立ってる?
妙な気配。
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