振り返れば猫がいる

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  おつかいついでに立ち寄った『つくし商店街』で、福引きの券を何枚かもらった。どうやら5枚で一回くじが引けるらしい。9枚あるから、ギリギリ一回までしか引けないようだ。有効期限が今日いっぱいだったこともあり、もう一枚福引券を得るために余分な買い物をしようか悩ましい。  すぐ目の前にある福引き券の交換所では、景気良く当たりのベルがなっている。 「四等のマッサージチェア、おめでとうございまーす」 思いがけず豪華な商品に、つい前のめりになってしまう。見ると、三等32インチテレビニ等有名温泉旅館ペア宿泊券と、目が眩むようなラインナップである。一等の項目は、『〇〇の△△』と虫食い文字になっているが、この流れだと海外旅行くらい連れて行ってくれるのではないだろうか。 虫食いに入る言葉を考えて夢が膨らんでゆく。  やはり福引き券を追加で手に入れようと、ポケットの財布に手をかけたとき、見知った声に呼び止められた。 「斉木さんもやるの、福引き」 同じクラスの、隣の席の、鈴木くんである。色素の薄い髪をかきあげて、福引きの会場を見やる。 「せっかくもらったし。9枚しかないから、もう一回買い物しようと思って」 そっか。そっけなく返した彼だったが、身体にかけているボディバッグをゴソゴソ探ったかと思うと、一枚の紙切れを押し付けてきた。福引き券のようだ。 「俺さっきやったんだけどさ。余ったから使って」 おずおずと受け取って、目でお伺いを立てる。鈴木くんはにやりと笑いながら、私の背中を叩いて前へ押しやった。  よくある八角形の福引器の前に立つ。係の女性に券を差し出すと、「当たりますように」とにこやかに対応され、いよいよ当たる予感がしてきた。鈴木くんにも立ち会ってもらうことにして、彼は静かに斜め後ろに控えている。  えいっと取手を回すと、勢いよく白色の玉がでてきた。はずれである。賞品のポケットティッシュを受け取って、今度こそと念を込めてガラガラと福引器を回した。ぽとりと音を立てながら、赤玉が転がり落ちてきた。 「大当たりー! おめでとうございます、一等でーす!」 幸運を願ってくれた係の女性はベルを振りながら、ハリのある大きな声でそう告げた。私と鈴木くんは、あんぐりと口を開けたまま互いの目を離せずにいた。  鈴木くんは遠慮していたが、一等の賞品は山分けすることにした。彼が券を譲ってくれたこそ、当たりが出たかもしれないのだ。しかし、肝心の賞品が何であるかを私たちはまだ知らずにいた。 「トクベツな賞品なので、どうかひっそりと持ち帰ってひっそりと確認してほしいのです」 そう言って係の女性が一通の封筒を差し出した。係の女性が言うひっそりを守って、私たちは商店街を抜けた先の小道で、ひっそりと封を切ることにしたのだ。 「なんだろう、小切手かな」 無意識のうちに顔がにやけてしまう。鈴木くんは、 「そんなバカな。小さく見積もっておいた方がいいよ、こういうのは」 と、私をたしなめながらも目が爛々としている。 息を呑みながらビリリと封を引き裂く。小さな厚紙が入っていた。 『猫の声が聞こえます』 厚紙にはゴシック体により廉直な様子でそう書き記されていた。私と鈴木くんは、眉をひそめながら、またしてもぽかんと口を開けたまましばらく見つめ合っていたのだったが、脇からやってきた一匹の猫に野次を飛ばされて、自分に奇妙な能力が花開いたことに気づくのであった。 「まったく、いちゃつくならよそでやってよ」  どういうわけだか、私が話した言葉も猫語(と言っていいのだろうか)に変換されるらしく、私と猫は対話ができるようになっていた。すれ違う猫となんとなく会話したり相談を聞いたりするうちに、この界隈の猫たちの間で私は有名人になっているようだった。  連日訪れる猫は増え続け、私の周りには常に二、三匹ほど「おっかけ」が張り付いている有り様だ。鈴木くんにはこの能力は見出されず、私が日々げんなりしていく様を哀れみをたたえた目で見守るばかりであった。    「すんません、あんたに折り入って頼みがあるんやけど」 学校から家に帰る道すがら、今日もたくさんの猫の話を聞いてくたくたになった頃、玄関前でこう話しかけられた。振り向くと、へちゃむくれの、いやある種可愛らしさを内包した顔立ちの猫がすっくと佇んでこちらを見上げている。 ええと、そう言い淀んでいると、へちゃむくれ猫は高い声で鳴きながら、私の足元に縋りついてこう付け加えた。 「わたしをルルちゃんのところに届けてくれまへんか」  外で立ち話をするわけにいかず、私は猫を家に招いた。自室で温めたミルクと湯がいたささみを差し出すと、あっという間に平らげて、今はくつろぎの体勢になっている。 へちゃむくれ猫は名をマリンといった。なかなか可愛い名前である。愛嬌のある顔であるうえ、関西弁を流暢に操るおしゃべりな猫で、名前負けしている気もしたが、すぐに馴染んでしまった。  マリンの相談事を要約すると、飼い主のルルちゃん一家は関西方面に住んでいるようである。伴って東京へ旅行に来た際、運悪くマリンとルルちゃんははぐれてしまったらしい。迷子の範疇を超えていて、行き詰まっていた頃に野良猫たちから私の話を聞いて協力をあおいだというわけだ。 「ルルちゃん、毎日のようにわたしと遊んでくれましたわ。きっと今頃淋しがっとる……」 私は仲良くじゃれあうマリンとルルちゃんの姿を想像した。もしかしたらルルちゃんは一人っ子で、マリンを弟のように可愛がっていたかもしれない。そう思うと、何とかしてルルちゃんの手元にマリンを送り届けたいと熱があがり、私は胸をどんと叩いて任せて欲しいと固く約束したのだった。  次の日、鈴木くんに話をすると、 「そもそもルルちゃんって、どこに住んでるの」 と、鋭くつっこんできた。 そうなのだ。分からないのである。関西であるということしか。 「福引きの賞品は山分け。運命共同体ということで、一緒に考える権利を授けよう」 鈴木くんは私のふざけた態度に、くるりと背を向けようとする。慌てて腕を引っ張り、私は涙目で協力を要請するのであった。  「で、家からは何か見えるもの、あった?」 私の部屋で開かれた作戦会議では、鈴木くんが淡々と質問して、私は一人と一匹をつなぎ合わせる通訳を担っていた。鈴木くんの質問は的を得ていて、どんどん地区が絞られていく中、家の目印になる物を探し出そうとしていた。 「うーん、たくさんの山と道路と……変なおっさんの顔はよう見えとったなぁ。顔が2つついてて、モニョモニョしとる」 マリンは前足をあげてモニョモニョを表現してみせた。 山も道路もヒントにはならない。変な顔のおっさん? モニョモニョ……。疑問符が浮かぶ私ちちだったが、ふと思い浮かぶものがあった。 「太陽の塔、とか?」 手元にあったスマートフォンを操作して、太陽の塔の画像を差し出した。 「そうや、これこれ! あんたらやりおるなぁ。よくここに連れて行ってくれたんや、ルルちゃんは」 マリンは興奮気味ににゃあにゃあと声をあげている。 「当て推量だけど、いってみるか」 鈴木くんは、きりりと眉をあげ窓の外を見やった。外は青々とした若い葉が風に舞っていた。  電車を乗り継ぎ、私と鈴木くん、そしてマリンはついに吹田までやって来た。マリンが予感する方へと、闇雲に歩いて回っているが、なかなか成果は出ない。朝一の電車に飛び乗ったはずが、日が沈み始めて空の様子も寒々しくなってきた。 「もう一押し、何か手がかりはないのかな?」 落ち込み下を向くマリンに膝を寄せ声をかけるが、力なく項垂れるばかりだ。鈴木くんも小さく息をつく。 「この空の下で、ルルちゃんとマリンは暮らしてたんだね。私も鈴木くんも」 なんとなく、つぶやいた。 「人と人の巡り合わせと同じように、人と猫の巡り合わせも、不思議なもんだね。なんだか幸せな事のような気がしてくるよ。ここに二人と一匹でいることが」 また、励ましのつもりでなんとなくつぶやく。途端に強い風が吹いて、私のつぶやき事は風にかき消されたようだった。  しかし、マリンはハッと顔をあげる。 「幸せ……そうや、幸せの風見鶏や。黄色い風見鶏が屋根に建っとるんや」 幸せの黄色いハンカチ。ならぬ、風見鶏か。私と鈴木くんは頷きあって、観覧車を目指して歩き出した。  観覧車から、うっすらと黄色いものが見えた。気がした。確証はないが、黄色いものの方に走って向かう。青臭いが、私たちに出来ることはこれしかないと、がむしゃらに走った。  目指していた黄色いものは風見鶏で間違いなかった。田畑に囲まれた一軒家に、ぼんやり黄色の風見鶏が建っていて、私たちは肩の力が一気に抜けた。  その時、向こう側から、うっすら小さな人影が見えた。人影はだんだんと濃くなり、夕焼けの中浮かび上がってくる。小さなおばあさんであった。 「ルルちゃんや!」 マリンはそう叫ぶと、おばあさん、もといルルちゃんに向かって一直線にかけて行った。ルルちゃんは驚くのもそこそこに、涙で顔をくしゃくしゃにして、いつまでもマリンを抱きしめて離さなかった。 「ルルちゃん、おばあちゃんだったね」 「かわいい人たちだよ、本当」  少し離れたところから見ていた私と鈴木くんは、静かに手を繋ぎながら帰り道をたどった。    マリンを無事に送り届けたのもそこそこに、私の生活はより慌ただしくなってしまった。  近所の猫の話に耳を傾けていたつもりが、マリンの件を発端に私の噂は関西方面まで大きく轟いてしまった。連日たくさんの猫が訪れては、「うちの飼い主のベタベタがいや!」とか「あの辺りのボス猫を討ちたい!」などと鳴いて相談事を持ちかける。疲れ果てている私の横では、相変わらず鈴木くんが高笑いしている。 「天職じゃん。猫専門の万屋」 猫に埋もれながら、私は消え入りそうな声でひと鳴きした。 「にゃー……」
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