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あわてる皐月の、右耳の上あたりを夏生は手櫛で人なでした。
「直った?」
「直らない」
にっと笑い、夏生は先に自転車を漕ぎ出した。皐月も後を追う。
夏生となんだっけ。
先を行く夏生の背中を見ながら、夢の続きを思い出そとしたが、一時停止したような空白があるばかりだった。
夏生とは保育園の頃からの幼なじみだ。生まれた病院も同じらしい。初めて会った時に母親同士は、二人の名前が似ていることから意気投合したそうだ。
そんな母親たちの付き合いから始まり、夏生とはずっと一緒に過ごしてきた。中学になり、別の部活に入っても、休日は同じ時間を過ごした。高校生になった今も続いている。ほとんど疑問に思ったことはない。
今朝の夢もその延長のような印象だった。今の二人が登場して、楽しかった。それだけははっきり覚えている。ぼやけた輪郭は浮かぶのだが、その後は空気に溶けて白く見えなくなる。
高校二年になった。
新学期が始まって二週間が経っている。
全開の窓からは気持ちのよい風が入ってきていた。
午前の授業が終わり、弁当の後、四つくっつけた机の一つに突っ伏し、皐月は昼寝を決め込もうとしていた。
「隣のクラスの川上さん、いるでしょ」
向かいに座る岡田が話し始めるのを、なんとなく聞いていた。
クセのある前髪が揺れて、額をくすぐっていた。ゆっくりと自分が呼吸している。
「上野のこと、好きらしいよ」
「は?」
皐月は自分の名前を呼ばれ、目が覚めた。起き上がり、目の前の岡田の顔を確かめた。岡田は真顔だが、口元は吹き出すのをこらえているようだ。
岡田の横にいる木村は漫画を読みふけり、夏生は皐月の隣で、聞いているのか、いないのか、わからない表情で黙っている。
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