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第1話 再会
ガヤガヤと聞こえる人の話し声と、カチャカチャと食器が当たる音がする社員食堂。
テレビを見つめながら今日のおすすめメニューの親子丼を食べている男がいた。
彼が見ているのは主婦向けの情報番組だ。一人暮らしの男とはあまり無縁な知識を蓄えながら箸を進めていく。
しかし、その男はあるコーナーの最中に箸が止まった。
今トレンドになりかけているものを紹介するとかいうステマに近い様なコーナーだった。
その中であるアイドルがメジャーデビューをする様なのだが、どうにも彼はその中に見覚えのある人物がいるようだ。
テレビに映るアイドルは自分達のことをウルフキャットと名乗り、一人ずつ自己紹介をしていく。
「リーダーのウルフ担当、神林 剛(カンバヤシ タケル)です。メジャーデビュー出来てとても嬉しく思います。みなさんよろしくお願いします!」
「キャット担当、大河内 大輔(オオコウチ ダイスケ)最年少でーす!」
「ウルフ担当、安藤 翼(アンドウ ツバサ)よろしく」
四人中三人が自己紹介をし最後の一人となった時、彼はその場にいる誰よりもそのテレビに食い入っていた。
「キャット担当、森浜 瞬(モリハマ シュン)です! みんなに甘えられる様に頑張ります!」
最後の一人の自己紹介が終わり、ウルフキャットのMVが流れる。
しかし、彼の中で何かが引っかかっていた。
「森浜 瞬……」
思わず口に出してしまった彼は慌てて周囲を見渡すが、あまり友達の多くない彼には何も問題はないようだ。
止まっていた箸を急いで進め、食器を返却口へ返し午後の仕事へと戻る。
就業のチャイムが鳴る。
今日の時間外労働は1時間半、彼は真面目に働いた。
「よう、宮元! 今日もしんどかったなー」
更衣室で着替えをしていると他愛もない話に付き合わされる事もある。
愛想笑いと、空返事をしながら昼間見た森浜 瞬の顔と名前を繰り返し思い出す。
「それじゃあお疲れ様です!」
「おつかれー」
急いで家路に着いた宮元は、晩ご飯の時間を迎えつつあるがそんな事もお構いなしにその名前をスマホで調べる。
森浜 瞬と検索欄に入れると真っ先に候補に出てくるのはウルフキャットだった。そのまま検索を続けると、トップにはウルフキャットの公式サイトが。クリックしてページに飛ぶと確かに昼間見た四人と同じ顔が並んでいた。
公式サイトには最新情報であったり各メンバーのSNSであったりいわゆる普通の公式サイトだった。
ここである情報に宮元の目が止まる。
「CD発売記念握手会開催……」
最新情報には握手会の予定が書かれていた。
日時も休日で問題ない。場所も電車で一本で問題ない。ある一瞬の迷いがあったが宮元は握手会参加を決意した。
時は流れて握手会当日。
会場に着くとそこには若い女性達が群れをなして集まっていた。
先日初めて見たウルフキャットの人気はここまで凄まじいのかと狼狽えながらCDの発売場所までやってきたのだが、どうやらCDを一枚買うと握手会に参加でき、四枚買うとミニライブに参加できる仕様になっていた。
CDには五パターンあり、四人全員が写ってるパターンと各メンバーそれぞれがジャケットのパターンがある。
宮元はその中から四人全員のを一枚、森浜 瞬が一人写っているのを三枚買った。
レシートと共に握手会とイベントの参加券を手に入れると時間が来るまでのんびりと過ごす。
遠目から販売場所を見てみると、順調にCDが捌けているのが見て取れるし各パターン満遍なく売れている。
このアイドルはきっと流行るだろうと、流行ってるアイドルに対して思った宮元は握手会の会場へと向かう。
列に並び待っていると、先頭の方で悲鳴の様な声が聞こえて来る。どうやら主役が登場したようだ。
参加券一枚の持ち時間は五秒に設定され、長そうに見える列も進みが早い。
ついに宮元まであと六人の所まで差し掛かってきた。もう目視でハッキリと森浜 瞬の顔を確認できる。
そこで宮元は何かをしっかりと確信して、自分の番を迎える、その時間二十秒。
「ありがとう! 男性の方なんて珍し」
「なあ、小見山だよな?」
「……え、」
森浜 瞬を遮るように宮元は握手もせずに言葉をかぶせた。
何もわからない周りとは違い、二人の間の時間は止まってるかのように遅く差し出した森浜の手は少し震えている。
時間は残り十秒を切った。
「……え、ぼ、僕は森浜だよ」
「なんであの時逃げたんだよ」
「……あの時って何のことだろー?」
「はーい、お時間でーす」
宮元は係員に引き剥がされ、森浜の列を後にする。
間近で見た彼の顔、目の位置、ホクロの場所。やっぱり全てが宮元の記憶の人物と一致した。
そして何よりもあの動揺の仕方。それは紛れもない本人を裏付ける証拠だ。
宮元はライブを見る事なく家へと帰った。
宮元 健一(ミヤモト ケンイチ)
年齢 二五歳
職業 工場社員
小見山 淳(オミヤマ ジュン)とは友達であった。
そして、好意を寄せていた。
だが、突然彼は姿を消して、名前を変えてここにいた。
これは運命か、はたまた幻か……
彼らの胸は今、ざわつき始めた。
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