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第1話『ちょっと話があるんだけど』
「ちょっと話があるんだけど」
文月桜子は真剣な表情で告げた。すらっと伸びた脚で距離を詰める。大きな目が、真っすぐ相手を見下ろす。
相手は下駄箱を閉め、光沢のある革靴で陽気溢れる屋外へと、踏み出そうとしていた。
桜子は駆け寄り、右手で相手の袖を掴む。ぶかぶかした袖が分厚い。
「なんだよ、サク。俺、家帰って課題しなきゃなんねぇんだけど」
立ち止まった似鳥晴明は、桜子を見て、少し倦んだ口調で言った。
バッサリと切り揃えられた髪に小さい顔。買ったばかりのブレザーに着られている。母親はすぐ大きくなるからと、大きめの制服を勧めたが、晴明はここ一年で一センチしか背が伸びていない。
晴明は、桜子を見上げるたびに、寄る辺ない思いを募らせていた。同じ目線で感情を分かち合える日は、もう来ない。そう知っているけれど、桜子には気づかれないよう、平気なふりをしていた。
「大丈夫だよ。数分で終わるから。私たちの学生生活にかかわる重大な話」
「数分で終わんなら、重大な話じゃねぇだろ」
晴明の鋭い返しに、桜子はどうしたらいいかもわからず、とりあえず笑った。周囲の視線が痛い。気のせい。ではなく、事実。いくつもの視線が、二人には向いていた。
それは自分が生まれ持った華も、もちろんあるのだろうけれど、どちらかというと視線は晴明に集まっているように桜子には感じられた。一刻も早く好奇の目から晴明を引きはがしたくて、すばやく靴を履き替える。
「いいから来て! というか来てくれないと私が困るから!」
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