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「俊くんが浮気してるとこ見たの!」 「だからそれは誤解だって」  俺は携帯を握りしめ彼女に潔白を訴える。  電話の相手は最近つきあいはじめた彼女だ。愛美と別れて一年。ようやくゲットした彼女だった。 「あれは喫茶店のバイトの子で俺は相談に乗ってただけ。うそつき? うそじゃないって」  厨房用品を扱う会社で働く俺は得意先でもある喫茶店の子から相談を受けた。まだ若い子でいつか店を持ちたいという。ふだんからよくしゃべる子で、テーブル席で向かい合う姿が仲良さそうに見えたのだろう。たまたま通りかかった彼女がガラス越しにその姿を見たらしく勘違いしたのだ。 「ちょ待って。ああ!」  俺は堪らず絶叫する。周りで蝉が俺を嘲笑うように鳴いている。  ふと見るとランドセルを背負ったガキどもが俺のほうを指さしている。学校が終わる時間だったようだ。 「おじさん。やばいよ」  足下からガキの声がした。  視線を下げると青いランドセルを背負った少年が生白い顔で見上げている。 「なにが?」 「ほら」  つぎの瞬間、靴底に感じる違和感に俺は顔をしかめた。 「くそっ!」  靴底に泥のようなものがついている。路面にこすりつけると、むっと臭いが広がった。 「だから言ったじゃん」 「くそガキ」 「僕は直哉(なおや)。小三だよ」  直哉と名乗るガキはやたら馴れ馴れしく、俺の横を糞のようについて歩く。 「ついてくんな」 「こっちに家があるんだもん」 「あっそ」 「おじさん、もっとひどいことが起こるよ。僕ね、少し先の未来が見えるんだ」 「なに言ってんだ? テレビの見過ぎだろ。それと俺はおじさんじゃねえから」  俺はまだ二十六だ。小学生から見ればおじさんかもしれないが面と向かって言われるとむかつく。 「おじさん名前は?」 「うっせえ。とっとと帰って母ちゃんのおっぱいを飲んで寝ろ」 「僕、母ちゃんいないんだ」  直哉がうつむいた。 「あんだよ。そりゃ悪かったな」 「なんてね。母ちゃんはいるけど仕事に行っていないんだよー」 「ふざけんな」  俺は拳を振りあげた。だが周囲の目に気がつき、そのまま髪の毛を掻きむしる。 「大人をからかうんじゃねえ。つぎ会ったときは気をつけろ。マジで泣かすから」  俺は中腰になって直哉の耳元で囁いた。 「おじさんのほうこそ気をつけたほうがいいよ。おじさんはこれからもっとやばいことが起こるから。でも安心して。代わりに運命の人に出会うことになるから。綺麗な女の人だよ」  直哉も小声でわけがわからないことを言ってくる。 「おじさんはやめろ。俺は津山俊。津山さん、俊さん、どっちでもいい。好きに呼べ」  いい加減おじさん呼ばわりされることにむかついた。  直哉は陽光を吸うように瞳を輝かせた。 「いい名前だね、おじさん。会えてよかったよ。じゃあね。あ、でもさっきの話はほんとだよ。信じるか、信じないかは自由だけど。じゃあね」  直哉は青いランドセルを上下に揺らし、すぐそこの曲がり角を右に消えた。愛美が住んでいたアパートのほうだ。  なんだあのガキ。綺麗な女って誰よ? 俺が知るやつか?  脳裏にスマホ画面さながら女の顔を並べ検索をかける。  あいつか? それとも……?  直哉が消えた曲がり角で立ち止まる。すでに姿はない。視線の先に愛美が住んでいたアパートが見える。まだ住んでいるのだろうか。  愛美とのことがいまも腹の底で燻っていた。
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