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愛美と別れた朝
あの日。愛美は朝ご飯の支度に台所で包丁を鳴らしていた。
「別れよう」
俺は彼女にその言葉を投げた。結婚とは真逆の言葉。開け放った窓からは蝉の声がうるさく聞こえていた。
「結婚したくないんだ」
いつも温かいご飯を準備してくれる彼女に、今度はしっかり向き合い、淡々とした口調で告げた。口調とは裏腹に心臓は荒々しく鼓動を打っていた。
「なに? どういうこと?」
彼女は驚いていた。
「おまえのことが嫌いになった。それだけだ」
互いに仕事に行く前だった。
「うそよ!」
納得できる理由を言わない俺に、愛美が怒り出した。
そのあとのことはよく覚えていない。いろいろ言ったと思うし、言い争ったような気もする。ただ最後に彼女が泣きながら部屋を出て行ったところだけは覚えている。
ひどい別れ方だった。俺の勝手な都合。彼女を傷つけたことは百も承知だ。
夜、夢の中で泣く彼女の姿に何度も目を覚ました。永遠に俺の記憶の中で彼女は泣き続けるだろう。それは彼女を傷つけた当然の報いだと思う。
彼女のほうはとっくに俺のことを忘れているだろうに。
あれから一年が過ぎたのだから。
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