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修羅場
愛美がいう忘れものとやらはいっこうに見つからなかった。
「そろそろ帰れよ」
俺は愛美の肩に手をかけた。とそのとき、玄関のドアが勢いよく開いた。
「俊く~ん! えっ」
振り向くと、誤解を解こうと全力をあげた彼女が目を丸くして立っていた。
手に提げたエコバックは缶ビール六缶セットがちょうど入ったかたちをしている。俺のことを信じ仲直りにきたのだ。
だがこの状況はまずい。すぐに事情を説明する。
「違う。これは喫茶店の女とは別の女だ」
言ってすぐ悟る。うまく説明できていない。
「どういうことよ。ほかにも女がいたってこと!」
正しいことを言ったことが、かえって問題をややこしくさせた。おまけに俺はいま愛美の肩に手をかけている。
「誤解だ。こいつとはなにもない。たまたま部屋にいるだけだ」
うそじゃないのにまるで説得力がない。
「なあ愛美。ここに忘れものしてたんだよな」ってこれ言ってよかったのかな?
もはやなにが正解なのかわからない。頼む、愛美。
「あった!」
愛美がようやく忘れものを見つけたらしくピンクの布きれを手のひらに載せた。
「やった。よかった」
ん? それはまさか。
愛美が手にしているのは皺くちゃになった下着だった。どこにあった?
俺は口をパクパクさせるばかりでなにも言えない。
「なによ! ばか! うそつき!」
それまで聞いたこともないような声で彼女は俺を罵った。
「これにはわけが……」ないけど俺は食い下がる。
「ふざけんな!」
彼女はエコバックを投げつけると、アパートが揺れる勢いでドアを閉めた。
しばらく放心したあと、気を取り直し電話する。
「もしもし。あ……切られた」
ツーツーという無機質な機械音を耳にしながら俺は直哉に言われたことを思い出した。
もっとやばいことってこのことか。
その後電話は繋がることはなかった。
それにしてもあの下着はどこから出てきたのだろう。
胸の内に違和感が残った。
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