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運んでくれてありがとう、といいたかったのに、睡魔に負けた口からは意味のある言葉はでなかった。
「……おやすみ、直人」
だから、静が部屋を出て行く前に聞こえたやさしい声は、ひょっとしたら聞き間違いだったのかも知れない。
窓ガラスが微かな音を立てるのを遠くで耳にしつつ、直人はゆっくりと意識を手放した。
こうして、いじわるな幼馴染みに日々手を焼きつつも、橋本直人は平凡でいてそれなりに幸せに暮らしているはずだった。
その夜突然、猫になってしまうまでは。
直人、猫になる
ふと眩しい光を瞼に感じて目が覚めた。
何かがおかしい。
昨夜は静とじゃれあった後、テスト勉強しようとしたのだけど、ほどなくして眠たくなってしまった。呆れ顔の静を尻目に、早々に寝てしまったのを覚えている。
だから、こんな固いフローリングで寝ているなんて変だ。
冷たい床板は存外心地よかったが、さすがにそのまま寝なおす気にはなれなくて、目を開いた。そして首をかしげながら起き上がろうとして、手足をうまく動かせないことに気づいた。
ぎょっとして自分の身体を見下ろし、さらに衝撃を受ける。
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