七月十日 水曜日

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 見た目だけは愛くるしいと言えないこともない茶トラは、直人の大声にちょっと迷惑そうに耳を伏せた。しかし構うことなく捕まえてじっくりと観察する。 「おれが昨日お前になっちゃったとき、お前何してたの?」  直人がウィルになっている間、残された直人の身体がどうなっているのかも心配だったが、直人に乗っ取られてしまったウィルがどうなったのかも気になっていた。  しかしウィルの様子からは昨夜何があったのかまるで分からない。ころんとした丸い瞳もゆらゆら揺れる毛長の尻尾も、いつもと変わらないように見える。 「あ」  ウィルはくるりと手の中で器用に身をねじって床に下りると、あっという間に走り去ってしまった。ウィルが消えた先の廊下の奥を目を凝らして覗くと、階段の陰に黒猫が居た。  サファイアのように澄んだブルーアイが、こちらをじっと見ている。 「クロ」  呼びかけると直人の愛猫は口を開いて小さく鳴いた。それからウィルと二匹、連れ立って階段を駆け上がっていった。  ぼんやりとそれを見送っていると、ぱたぱたと軽いスリッパの音を響かせて、母親が台所から出てきた。
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