七月十日 水曜日

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 それから新学期が始まるまでの間に、静曰く、死に物狂いで学習したらしい。何にせよ、たった二ヶ月ほどの期間で普通に日本語で受け答えが出来るようになったのだから、地頭が良い人間というのは恐れ入る。 「必死に勉強して同じ学校に編入してみたら、あんたが上級生になっていたときのショック、想像できます?」 「いや、だから、俺も学年がずれることは完全に忘れてたんだよ。でもいいじゃん、日本にいるからには、日本語出来なきゃ不便だしさ」  不機嫌そうに眉を寄せてベッドを占拠する幼馴染みに、恐る恐る近づいてみる。黒い髪と黒い瞳。日本人の両親を持つ静が、日本語を解さないなんて、思いもしなくても当然だと思う。凛々しい眉と精悍な鼻筋は、日本人離れしているといえなくもないけど。  興味なさそうに再び本を読み出した静を間近に観察する。日に焼けた肌も似合ってるし、切れ長の目も格好いい。  冷えたシーツの上に頬杖をついてうっかり見入っていたら、薄い唇がかすかに動いた。 「俺は、直人とさえ言葉が通じれば、それでよかったのに」  ぽつりと呟かれたその言葉を理解するのには、少し時間がかかった。
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