七月十日 水曜日

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 直人とさえ言葉が通じればいい? そんなの、さみしすぎるじゃないか。  静は相変わらず無表情のまま、ドイツ語で書かれた本を読んでいる。同じアルファベットの羅列なのに、直人には何が書かれているのか見当もつかない本を。 「な、何怖いこと言ってんの。んなのだめだろ」 「……そうかな」  不意に二重の瞼が持ち上がり、黒々とした瞳がこちらを向いた。至近距離で目が合うと、とめようもなく頬が熱を持ってしまう。  ぼうっと見ていると静が目をつぶった。徐々に顔が近づいてくる。  長いまつげに見とれていたら、いつの間にか唇がくっついていた。  あたたかくてやわらかい。  触れていたのは一瞬のことだと思う。  それがキスだということに気がついたのは、唇が離れてからだった。頭がふわふわして、うれしくて、キスした直後なのに見慣れた仏頂面の静を眺めていると、笑い出しそうになってしまう。 「……何で逃げないんだ」 「……え?」 「このまま手ぇ出してもいいってこと?」  低い声で問いかけられて、直人は我に返った。  幼馴染みの男友達にキスをされてうれしいと思うだなんて。何だこの感情は?
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