七月十日 水曜日

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 そのとき、音もなくドアがひらいて、クロが部屋に入ってきた。一直線に直人に歩み寄り、みっともなく震える腕に飛び込んでくる。 「クロ……」  抱きしめたなめらかな毛皮は、すべすべしていてあたたかい。  いつもは抱っこされるのを嫌うのに、まるで直人の気持ちを分かっているみたいに、黒猫は大人しく腕に抱かれてくれる。  クロとウィルはイギリスに居たときに静ともらってきた猫だった。思えば異国で暮らすことに慣れない直人が、耐え切れずに泣いてしまった夜、よくこうして慰めに来てくれた。  敏捷でスマートな見かけに反して、クロは意外と体重がある。乗せた膝が痺れるくらい抱きしめた夜は、どれほどあっただろう。  懐かしいぬくもりはあの頃のさみしさもつれてきて、余計に泣いてしまった。 直人、再び猫になる  そしてその晩、またしても直人はウィルになってしまった。  目の前にある、茶色の毛皮に包まれた前足を見つめ、深い息を吐く。 (やっぱり夢じゃなかった)  ウィルになったのは夢なんかじゃなかった。現にこうして今、また直人はウィルになっている。
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