七月十一日 木曜日

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 静の方からキスをしてきたような気がするけれど、今となってはそれすら自信が持てない。あのときはまさに夢見心地で、頭がふわふわしていて、記憶が曖昧だ。いつから自分が静のことを好きだったのか、はっきりとは分からない。もしかして、直人の方からキスをしたのだとしたら。静は激怒しているに違いない。  静に会うのが怖い。  時刻を確認すれば、まだ時間に余裕があった。軽くシャワーを浴びてから学校へ行こうかと着替えを持って階段を下りると、ベーコンが焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。 「……れは、この皿に……、」 「……そうそう、ほんと……」  ダイニングを素通りして浴室へ行こうとしたが、台所から聞こえてきた楽しそうな話し声に違和感を覚えて、慌てて踵を返した。  そして覗き込んだキッチンカウンターの向こうに、予想通りの人物を見つけて唖然とする。 「静! お前何してんの?」 「おはようございます」  菜ばしを手に作業をしていた静が手を止めて、あいさつを寄越してくる。それもスポーツ飲料のCMにでも出てきそうな、爽やかな笑顔のサービス付きだ。カメラマンさえ連れてくれば、今すぐにでも撮影を始められること間違いない。
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