七月十一日 木曜日

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 直人の家族の前では静はいつも特大の猫を被っていて、腹立たしいことに今のところ両親はしっかり騙されている。  だけど、八年幼馴染みをやっている直人はごまかせない。直人の顔を認めた瞬間、笑みの形にたわんだ静の目がわずかに翳ったのを、直人は見逃さなかった。 「おはよう、直人。最近静くんと会えないから、朝食誘っちゃった」  お気に入りの例のエプロンを身につけた母が上機嫌で伝えてくる。昨日の今日で、タイミングは最悪だ。まだ心の準備が全然出来ていない。  しかしこうなったら、覚悟を決めて向かい合うしかない。  避け続けることなんて実質不可能だし、後回しにすればするほど、気まずくなるだけだ。  腹の底に力を入れて、直人は食器を持ったまま目を泳がせる幼馴染みに笑いかけた。 「静、おはよー!」  長身に駆け寄り、思い切って後ろから無邪気を装い抱きついてみる。お日さまの匂いのする白いカッターシャツに顔をうずめたとき、胸が痛んだけど、そこは知らんふり。 「っ! なお、ちょ、」 「また相談乗ってくれよー頼むなー」  動揺しているところに付け込んで畳み掛けると、狙ったとおり目を白黒させて首を縦に振ってくれる。
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