0人が本棚に入れています
本棚に追加
朝台所に行くと母さんの様子がいつもと違っていた。
【トントントントン】
母さんは何も置いていないまな板を包丁で叩いている。
【トトトントン】
昨晩進路の事で喧嘩をしたからまだ怒っているんだろうか??
【トントントントントトトントン】
「母さん……何してんの??」
母さんは俺の呼び掛けに答える事なく、何かを見つめたまま包丁を持った手を動かしている。
その目はどこか焦点が定まっていない気がした。
【トントントントントトトントン】
「母さん!! 何してんの!?」
大声で呼び掛けると母さんはチラッと俺の方を見て、自分の耳に手を当てた。
「何?? 今朝ご飯を何作るか考えてたんだけど」
母さんの手にはハンズフリーイヤホンがあった。
どうやら携帯で何かを見ていたらしい。
「母さん携帯で何見てたの??」
「えっ、何って?? これよこれ」
【トントントントン、ヒノノニトン♪トントントントン、ヒノノニトン♪】
「あたしこのCMが大好きでさ。これ見てるとご飯のアイデアが浮かぶんだよね」
どうやら包丁でリズムを刻んでいたらしい。傍目で見たら恐怖でしかないが。
「で、朝ご飯は何なの??」
「いや、それがまだ思い浮かばなくてさ」
「全然アイデア浮かんでないじゃん」
「けど代わりのアイデアは浮かんだよ」
「はっ、何が??……って……母さん……??」
母さんは俺の方を見ながらゆっくりと近づき、手に持っていた包丁を喉元に近づけてきた。
いや、本当に俺の方を見ているのかは分からない。
だって、その目はまだ焦点が定まっていなかったのだからーーー
《完》
最初のコメントを投稿しよう!