1.薄氷の上で笑う

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 俺は大きく頷くと、飛ぶように走った。疲れはどこへやら、身体は羽根のように軽かった。  大通りから小路を二本曲がる。最近の日照りで枯れかけている井戸に人が並んでいる。その近くに建つ古びた集合住宅の一室が我が家だった。玄関の戸を開けると軋んで大きく音を立てた。 「ただいま!」  母は夕刻の祈りの最中だった。聖地の方角を向き、病で犯されているというのにベッドから降り、祈りを捧げている。母は熱心なアータ教徒だ。朝夕の祈りを欠かさない。  俺は早く母を犯す病の原因たる魔女が処刑になることを伝えたかった。はやる身体を抑えて、パンと薬を食卓に置いて待つ。 「主神アータの光が汝にも届かんことを」  祈りの最後の言葉が聞こえて直ぐ、俺は吠えた。 「母さん!」 「おかえり、どうしたの? そんなに慌てて」  優しく俺を見つめると、母はそう言った。けれど次には胸を抑えて三度咳き込んだ。 「あぁ、病気が……。無理しちゃだめだよ」  母さんに肩を貸し、ベッドへと寝かせる。 「ごめんね、まだ十だというのに。お前には苦労をかけて」
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