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指定された場所は、近くの廃工場。
来たことを大声で示せば、ヤツらが出てくる。
彼のところに案内してと言えば、各々下品な笑みを浮かべながら武器を取り出す。
まずはアタシを痛めつけて、それから穢す――つまりは“ハニーウルフ”の名をキズモノにする。それがヤツらの目的だった。
まぁ、呼び出された時点で解り切ってはいたけど……バカすぎて、溜息しか出ない。
そんなおツムが弱いヤツらほど、簡単に始末出来る。丸腰で来るはずもなく、暗器でササッと一掃した。
本当ならパストラルを“可愛がってくれたお礼”に、いつも以上に傷め付けてから始末したかったけど……パストラルのことが気がかりだったから、今は急いでその場を後にする。
行った先の奥の部屋に、パストラルは椅子に縛り付けられていた。猿轡と手の縄を外して、傷付いた彼の身体じゃ1人で歩くのは難しそうだったから、肩を貸してあげる。
「手当は……ちょっと後でね。今は此処を出るわよ」
「ルチー、フェロ……キミは……」
部屋を出ると、転がっている動かない身体。
表世界の人間には刺激が強すぎる光景に、案の定パストラルは身を硬くしてしまっていた。
知られてしまった。アタシが、“ハニーウルフ”であることを。
こうなる前に、今日別れを告げてきたのに。
「……表に戻ったら、今日見たことは全部忘れて。早く故郷に帰った方が良いわ」
フッ――と、前方から殺気の気配を感じ取る。
しまったと思うと同時に、響く銃声。
何が起きたのか、解らなかった。
というより、理解が追いつかなかった。
身体が横に押し出されたと思ったら……パストラルの心臓が、撃ち抜かれていた。
本当は、すぐにでも駆け寄りたかった。抱き寄せたかった。
だけどアタシは咄嗟に、近くにあった拳銃を取って、打ってきた敵の生き残りに狙いを定めた。
弾は一発命中、敵は即死。
それからようやく、アタシはパストラルに駆け寄ることが出来た。
「パストラルッ! パストラルッ! しっかりして!!」
彼はもう虫の息で、目を閉じかけていた。
「だい、じょう……ぶ……だっ、た……? ル、チ……フェ……ロ……」
「ダメっ、今は喋っちゃダメッ……! 今知り合いの医者のところに連れて行くからッ」
もう裏世界でも表世界でも、どっちでも良かった。彼が助かるなら、何処の病院でも良い。
焦る手でケータイの電話番号を押そうとした矢先。段々と冷たくなっていくパストラルの、少し大人びいている綺麗な掌が、包み込む形で、それを拒んだ。
「良い、んだ……僕は……もう、助かっ……ら、ない……」
「何言ってんの! そんなのっ、解らないでしょ!?」
「わか、るよ……自分の……いのち、だもん……」
パストラルが言わなくても、経験上解る。パストラルの命は、もうすぐ尽きるんだって。
それでも、受け止めきれるハズがない。
「なんでっ……笑って、られるのよォ……」
「ごめ……うれし……くて、つい……」
――だって、キミが……来て、くれた……から
そう言って、微笑みながら震える手で、アタシの濡れた頬を拭う。
「あり……が、と……だい……すき、だ……」
よ――と。言い終わらない内に、パストラルは事切れた。
アタシ、殺し屋なんだよ? そんなヤツだと知ったのに、まだ好きだなんて言えるの? バカでしょ。本当に、バカッ…………
一体どこで、何を間違えてしまったんだろう。
デートの誘いを受けてしまったところ?
欲に負けて「カプチェット・ロッソ」に通い詰めてしまったところ?
それとも、出会ってしまったところから……?
何度考えても、答えは出なくて。アタシの泣きじゃくる声だけが、廃工場に虚しく響いていた。
――赤ずきんを食べたオオカミは最期、猟師に打たれて死ぬ。お腹の中から出てきたお祖母さんと赤ずきんは無事生きていて、ハッピーエンド。そのハズでしょ?
なのにどうして……オオカミが生きて、赤ずきんが死ななきゃいけないの。
そうならないために、ウソまで付いたのに。
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