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「皆集まったわね。」 マンションの最上階の一室にあるオーナーの事務所兼仕事部屋。大きなダイニングに並ぶ色とりどりの野菜とメイン。それにワイングラス。ブリーフィングと言う名の夕食を囲む面々。 「ヌナ?今度のお客様はどんな方なの?」 黒髪パーマ頭の彼はテツヤ。長い前髪から覗く瞳が印象的で、彼の目を見た女性は皆虜になってしまう。甘く低い声に他の同僚でさえ時々クラっとする。 「素敵な方よ。仕事に家庭に真摯に向き合っていて。まだうちと契約するって決まったわけではないけど。」 「ふーん。…仕事に疲れきった女は俺は嫌だね。」 そうめんどくさそうに話すのは、真っ白い肌に円らな瞳。笑うと歯茎が見えて可愛らしい笑顔の持ち主ユキ。見た目からは想像出来ない男らしい体型をしているとか。 「おい!ユキ!そんな女性とは限らないだろ?!」 声を張り上げて注意するのはソウジ。この中では最年長で真ん中分けの黒髪美男子。顔に似合わず親父ギャグと料理が得意。 「ソウジさん落ち着いて!それでヌナ、今回は誰を付かせるんです?」 180cm越えのメガネが似合ういかにも秀才な彼はナオキ。愛読書は村上春樹。最近は筋トレが趣味。『Club 7』のリーダーだ。 「そうねぇ…」 「僕のこの深い愛情で癒してみましょうか?」 終始にこやかな顔をしているのはムードメーカーの希望と書いてノゾム。彼にかかればどんな人でも笑顔になって幸せになるという。ダンサーだけにそのしなやかな身体つきが人気だ。 「ノゾム…もいいけど、どうかしらねぇ?」 「ねぇ、ヌナ。僕は?僕のこの魅力で楽しませようか?色んな意味で…。」 オーナーにまで色気を振り撒く彼はジゼル。彼は抽象的な顔の持ち主で、シルバーカラーの髪と愛らしい唇がチャームポイント。バレーダンサーで柔軟性のある身体にハマってしまうとか。…色んな意味で。 「聞いた感じかなり真面目な方な気がします。ジゼルさんには引っ掛からないと思いますよ。僕は?僕なら一緒に身体を動かしたりデートしたり出来ると思うけど。」 一番年下のジャックはジゼルをからかいながら自分をアピールした。年下だということを最大限生かしたいようだ。彼は可愛らしいウサギの様な顔をしているのに最近髪が伸びたせいか、大人の色気を放っていてそのギャップが売だ。 「そうねぇ~うーん…。」 悩む女主人ジュウォン。しかし何か意図があるようで… 「兎に角明日来店されます。それでいつも通り説明をした後に、貴方たちの部屋を訪問して頂きます。やはりお客様に委ねることにしましょう。」 ワイングラスを掲げて乾杯をするジュウォン。さて、主人公の久保木 麗は一体誰を選び自分を取り戻すのでしょうか。 私は半信半疑であのマンションへと赴いた。行きに有名な洋菓子屋さんに寄り、先日のお礼を買った。 「はぁ…」 マンションのロータリーで深呼吸をしてみる。紙袋の中の菓子よりがカサッと音を鳴らした。 「…決めたじゃない、しっかりしなくちゃ!」 自分の人生の中で、こんなに緊張した決断があっただろうか。人は変化を求めた時に、必ずそれ相応の労力と代価を支払う必要がある。自分を変えるってそういうことだ。私はいつの間にか変化を恐れて生きてきた気がする。これまで結婚も出産も経験したけれど、仕事を辞めなかったのは今まで培ってきた自分の人生を一枚の白いキャンパスに変えるのを恐れたから。180度違う生活。パートナーとなるのに何ら戸惑いはなかったのに、母となった途端訪れる不安。自分の人生が塗り替えられるような気分で、安定を好む私には家庭に入る選択肢はなかった。自分の居場所を失いたくない。 マンションの自動ドアが開いた。 「いらっしゃいませ。久保木様、お待ちしておりました。」 コンシェルジュの女性が私に声をかけて、オーナーの居る最上階まで案内してくれた。エレベーターの狭い空間が余計私を緊張させた。 ピンポーン… 呼び鈴が鳴り響き、ドアが開いたと思ったら、 「!?」 「こんにちは♪久保木様ですか?お待ちしてました~。」 戸惑っていると、にこやかな笑顔が印象的な男性が私を中へとエスコートしていく。クロークに居た女性は一礼をすると自分の持ち場に戻って行ったようだ。 「あの…」 「僕の名前はノゾムです。麗さん、奥でオーナーがお待ちです。」 長い廊下の壁には幾つもドアがあって。高級なマンションだということがよくわかる。突き当たりのリビングのドアをノゾムは開けた。 「え…」 HPのプロフィールにあった面々が集まっていた。椅子に座っている者やソファーの背もたれに手をついてこちらを見ている者。 「麗さん♪いらっしゃい!会えるの楽しみにしてたの♪」 ジュウォンさんはキッチンからひょこっと顔を出した。どうやらお茶の用意をしていたようだ。 「ジュウォンさん、先日はありがとうございました。これ、つまらない物ですが…」 日本の挨拶の基本。つまらないなら要らないのにね。あ、ジュウォンさん韓国人だったっけ。 「ありがとう♪美味しそう!」 私の菓子よりに群がる青年が7人。それをこらこらと宥めながらダイニングテーブルへと向かうジュウォンさん。 「さぁ、お茶でも頂きながらゆっくり話しましょうか。」 ジュウォンさんに呼ばれて私はダイニングテーブルへと歩いて行った。緊張していただけに気が抜けてしまった私は少し違和感を感じながらダイニングの椅子に座った。 ジュウォンさんのお茶出しを手伝っていたのは、背の高い顔の整った所謂イケメンだった。 「ありがとう、ソウジ。」 「いえ!ヌナ、お小遣い恵んで下さい~♪」 「全く調子がいいわねぇ~」 手のひらを合わせて笑顔でおねだりするあたり、ジュウォンさんをからかってるってわかるけど。 「ヌナ、これ食べていい?」 一人の青年が私が持ってきた焼き菓子の詰め合わせを開けて一つ摘まんでヒラヒラとさせている。 「ちょ、ちょっとテツヤ!勝手に開けてはダメでしょう?」 テツヤと呼ばれた青年は菓子箱を持ったまま悲しそうな表情をした。黒い髪にパーマがかかっていて前髪が長く目を隠すから、ふと隙間から見えた瞬間に心を掴まれた。希望と絶望を持ち合わせたような瞳…。 「テツヤ~、僕も頂戴?」 そう言って菓子箱から一番大きなマドレーヌを取りニッコリ笑って私を見るシルバーカラーの髪の毛にカラコン?如何にも軽そうな青年なのに、落ち着いて見えるのはその話し方のせいだろうか? 「ジゼル兄さん!ずるい!僕も僕も!!」 菓子箱の中からあれやこれやと掴めるだけ掴んだと思ったら、片っ端から封を開けて食べ始めるウサギのようなベビーフェイスの青年。多分一番年下だ。 「お前ら落ち着けって。」 色白の円らな瞳が印象的な青年がソファーの端に座ってダルそうに注意している。この落ち着き具合、一番年上なのかな? 「ユキさん、とりあえず皆でご挨拶差し上げた方がいいですよね?さぁ!皆お客様に挨拶しよう!」 最後にそう皆をまとめたのは背が高く眼鏡姿が印象的な青年で。知的な雰囲気で物腰柔らかな人に見えた。 さっきまでお菓子争奪戦をしていた青年達が一斉に集まり姿勢を正した。 「「ようこそ!Club 7へ!」」 ここはホストクラブだろうか?と錯覚しそうになるような挨拶をお見舞いされて、私は少し圧倒されてしまった。 「あ、…え、」 「ごめんなさいね、これが彼らの挨拶だから。初対面の方には必ずこうするのが決まりなの。」 これが当たり前ならHPに書かれていた口コミもあながち間違ってないのかも。 「いえ、少し驚いただけで…大丈夫です。」 「そう?なら良かった。どうぞお掛けになって?」 ダイニングの椅子に座ると彼らはソファーの方に行ってしまい、個々に遊び始めた。TVゲームや携帯を弄る者、本を読む者やパソコンを使って何やら作業をする者。後は筋トレをする者。 「どうぞ召し上がって?お口に合うかはわからないけど。」 手作りのシュークリームと香りのいい紅茶。私は紅茶を一口含み、緊張で渇いた口の中を潤した。 「美味しいです。」 私がそう言うとジュウォンさんはニッコリ微笑んで紅茶を飲んだ。 「…私、HP見ました。どうしても腑に落ちないから直接聞いてみたくて。」 そう、私ただ契約しに来たんじゃない。どうしてもあっちの…疑似恋愛が気になって。 「こちらは風俗業なんですか?」 「ぶっ!!」 遠くで吹き出す音と笑い声。何で?単刀直入に聞いただけじゃない。 「ウフフ!風俗ではないよ。うちはレンタルパートナー。色んなシチュエーションで人手が欲しい時があるでしょう?例えば…旧な冠婚葬祭でパートナーを演じて欲しいとか、彼氏のふりをして欲しいとか。ナオキなんか先日まである企業の重役に一年間だけ派遣したんだから。ヘッドハンティングっていう名目で。もちろんその分の報酬はきっちり頂いたけど、ね。」 うっすら黒い部分が見え隠れしているような気がする。 「うちの規則は三つだけ。一つ、リピートはない。二つ、延長はない。三つ、契約期間中のことは二人だけの秘密。トラブルが起きた場合はその代価を支払うこと。」 代価… 「では口コミにあった怪しい書き込みは?」 「怪しい…あー、あれはジゼルに入れ込んだお客様の書き込みね。わざと消さないでいるの。だって、人一人の人生をその期間だけ縛るのよ?簡単に貸してはないでしょう。ああいった口コミを載せておけば軽い気持ちの方大体尻込みするものよ。魔除けよ?ま、よ、け。」 え…不安だな。 「ちなみに…金額が書かれてませんでしたね。どのくらいなんですか?」 「契約期間にもよるの。長ければ長い程金額は高くなる。例えば…」 ジュウォンさんは立ち上がって、棚からファイルを取り出した。 「これがナオキ。」 「いち、じゅう、ひゃく…って、え!?」 そこにはゼロが沢山付いていて。 「期間が長ければそれだけ支払って頂かなくてはね。だって一年だもの。」 「成る程…。」 「期間や金額はともかく、問診票書いて下さるかしら?私これでも心理カウンセラーなの。」 渡されたバインダーに止められた用紙にボールペンで記載していく。事細かに書かなくてはならないのかな?家族構成から交際遍歴…最後にしたのはいつ!?そんなことまで!?私が驚いて書く手を止めていると、それに気づいたジュウォンさん。 「うちを使う人の中には男性恐怖症や対人関係で悩む方もいるの。後はまぁ…病気の心配もあるし…」 そう言ってウインクされたけど、私は手を止めたままだった。 私、ここに書くのを躊躇う程随分ご無沙汰だもの…愛し合ってないもの… 何もかも見透かされてしまう気分だった。虚しくなって、心が苦しくなって伏せた顔が上げられない。 「麗さん?」 「あ、いや…」 「任意だから。無理して書かなくても構いませんよ。」 「……。」 黙ってしまった私に、ジュウォンさんは小さい声で大丈夫よと言った。 「麗さんは…何をお求めなのかしら?」 「私は…心から笑いたい。」 愛することも、愛されることも忘れていた私。笑顔を取り戻したかった。 「きっと素敵な思い出になるはずよ。さて誰を選びましょうか?契約期間も煮詰めなきゃね。とりあえずは腹ごしらえといきましょう♪」 シュークリームを頬張るジュウォンさんが私より年下に見えたけど、口の端にクリーム付けちゃって何だか可愛らしかった。 リビングで寛いでいた面々はいつの間にか居なくなっていた。 「あの、彼らは…」 「自室に戻ったよ。そして麗さんが来るのを待っているわけ。」 「?」 私が彼らの誰かを選び、選んだ者の部屋を訪れるシステムらしい。 「誰でも気に入った彼を選んでね。」 ジュウォンさんによると、今誰もミッションに取りかかってないから選び放題だそうだ。しかし誰にする?と言われても、はて、誰にしたらいいのかもわからない。 「顔で選ぶ人も居るし体型で選ぶ人もいる。プロフィール見て趣味が合いそうだからとか。人それぞれよ。」 だからこそ誰にしたらいいのやら…。 「じゃ、一人ずつお試しをしてみる?」 「お試し?」 「一人ずつ気になる人の部屋をノックして、気に入った彼と契約を結ぶの。」 「…そんなことしていいんですか?」 「麗さんは特別大サービスよ♪私、日頃から努力している人が好きなのよ。」 それってどういう意味だろう?そう思いつつも私はジュウォンさんの提案に乗ることにした。 「素敵な思い出を作って帰ってね。」 ダイニングの椅子に脚を組み腰かけたままのジュウォンさんに軽く挨拶をして事務所を出た。緊張したのか一気に疲れが出た気がする。深く深呼吸をした私は、そのままエレベーターへと向かった。 そして選んだのは…12階だった。 to be continued…
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