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「……誰かいるの?」
声が聞こえた。
真夜中の森の中、アテもなく彷徨っていたボクに向けて投げかけられた問いに、ピクリと振り返る。
「ボク、迷っちゃったんだ。道を教えてくれる?」
「そうなんだ!いいよ、教えてあげる!」
良かった、優しい子だ。
「キミは誰?ボクは、ヒツジなんだ」
「……僕もヒツジだよ!よろしくね!」
「うん、よろしくね」
あの子はヒツジらしい。仲良くできそうかな?
「じゃあまず、僕のところまで来れる?」
「うーん、声がどこからするのか分かんないや」
「そっかあ……。じゃあ、あそこの丘見える?」
「丘、丘かぁ」
「どうかした?見つからない?」
ちょっと考え込んじゃったみたい。気をつけないと。
「ううん、何でもないよ。大きい木が生えてるあの丘のこと?」
「そうそう!あそこで会おうよ!」
「ん、わかった」
今日は特に雲が厚いから、木に囲まれたここは本当に真っ暗だ。
それでも奥の方にうっすらと、小高い丘が見えた。何の木かは分からないけど、ここからでもかなり大きいから実物はすごく立派なんだと思う。
「今日はせっかくの満月なのに残念だよねえ」
「そうだね。ボクも月を眺めるのは好きだから、ちょっと寂しいなぁ」
これはちょっと本音。夜は月を見上げてのんびりするのが日課だったりする。
「君って、アイラの森に来るの初めて?」
「うん、初めてだよ」
「良いところだよね、ここ!」
「んー、真っ暗でよくわかんないかなぁ。あ、でもあの丘から月を見れたらきっと綺麗だね」
「うん、すごく!!あそこは僕のお気に入りなんだあ!」
声だけでも興奮が伝わってくる。アイラの森が相当好きらしいや。
うん、いいとこだよね。
「そうなんだね。ここにはキミみたいな優しい子が多いの?」
「うんうん、いっぱいいるよ!喧嘩なんて見たことないもん」
「へぇ、居心地がいいんだね」
「いいよーすごく!君もここに居たらいいよ」
「考えてみようかな」
思わず顔が綻ぶ。本当に良い子だなぁ。
ふと前を見ると、けっこう遠くに見えてた丘がもう目の前にあって、大きな木は想像の何倍も大きかった。
「ねぇ、丘に着いたよ。キミはどこにいるの?」
「………………」
「?丘に着いたけど、どこにいるの?」
「………………」
どうしようか。はぐれただけならいいんだけど。
「ごめんごめん!」
後ろから聞こえた声にホッとした。
雲に覆われていた月が、少し顔を出す。
「大丈夫だよ。やっとキミに会えたね」
「そうだね。僕も嬉しい」
月明かりがボクらを照らして姿を暴く。
振り返ったボクの目の前に迫った鋭い牙。
「…………ぇ?」
小さく掠れた声が漏れた。
暗闇じゃなくなったのに、水滴がかかって見えないや。せっかくの大きな満月が赤くなっちゃってる。まぁこれはこれで綺麗だね。
「キミもうそつきだったんだね。でも、やっぱりボクにとっては優しくて良い子だったよ。ありがとね」
素敵な場所と、食糧をくれた。良い子だったなぁ。
でも、物足りないや。
また暗くなってきた。月はもう隠れちゃったみたい。残念。
「あの……あなたは、だあれ?」
奥の方から聞こえた声。口と牙の汚れを草で落として立ち上がる。
「ボク、迷っちゃったんだ。道を教えてくれる?」
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