最後のデート

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翌日、俺は学校終わりに先生に挨拶をして、二度と通う事の無い校舎に別れを告げた。 門まで親が迎えに来て、俺の荷物をトランクに詰めて見慣れた街に別れを告げる。 校舎から車を出した時、遠くから校庭で部活をしているみちるの姿が見えた。 どんなに小さくても、俺はみちるの姿を見つける事が出来る。 もう、会えなくなるみちるの姿に涙が込み上げて来た。    何度も納得させた筈なのに、込み上げる思いに声を殺して泣いた。 何で俺なんだ! なんで今なんだ! なんで! なんで! なんで! いくつもの「なんで」を繰り返す。  俺はアルツハイマーの人が入る施設に入った。 施設に行く前に、両親が止めるのも聞かずに自分の荷物を全て捨てて来た。 俺は、いつ、どのくらい記憶が消えるのか分からないこの病に怯えた。 眠ってしまったら、目覚めた時に全く記憶が無くなっていたらどうしよう。 ちょっとした時に、ざっくりと記憶が消えたらどうしよう。 何より、みちるを忘れるのが怖かった。 俺は母さんに頼んで、スケッチブックと絵の具を用意して貰って絵を描き始めた。 それは、みちるという名前を忘れても、絵を見たら思い出すように……。 そう、願いを込めて描き続けた。 スケッチブックに鉛筆で絵を描こうとすると、思い出の中のみちるはいつも笑っていた。 色を塗る一筆一筆に祈りを込める。 みちるのイメージは、向日葵だった。 明るくて、俺を照らす太陽のようなみちる。 怒った顔も、拗ねた顔も、困った顔も、悩んだ顔も……全部全部大好きだった。  そんな時、テレビで「勿忘草」という曲が流れた。 勿忘草の花言葉を見て、俺は一番気に入っているみちるの笑顔のイラストに、勿忘草を書き足して行く。 それは、自分への願いだった。 頼む……、どうか……どうか……俺からみちるの記憶を奪わないでくれ! 勿忘草は、自分への願い 忘れたくない。奪われたくない、みちるとの日々……。 言葉を忘れても描き続けたイラストは、これが最後になりそうだ。 最後に描いたイラストは、叶わなかった俺達の未来。 俺の記憶は、このイラストを仕上げた後に真っ白になった────。 6c299107-3aab-4731-8223-a383ae10bfb8
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