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幼い頃、身体が弱かった俺は、しょっちゅう熱を出して寝込んでいた。
すると必ず
「な~お~ちゃ~ん、あ~そ~ぼ~」
と、みちるが玄関に呼びに来た。
「みちるちゃん、ごめんね。尚也、熱があるのよ」
母さんが、玄関でみちるに話している声が聞こえる。
みちるに会いたいのに、熱で動けないでいると
「な~お~ちゃん」
ゆっくりと部屋のドアが開くと、みちるが顔を出す。
「あのね、あのね。みちるね、おばあちゃんから苺をたっくさんもらったの。
尚ちゃんと食べたくてね、持って来たの」
どんなに熱で苦しくても、みちるの笑顔が俺の弱っている心を救い上げてくれた。
「お熱、苦しい?」
心配そうに俺の瞳を覗き込むみちるの目に、俺はどんな風に映っていたのだろう。
「みちるが尚ちゃんのお熱、やっつけて上げるね」
熱を出すと必ず、そう言って俺の手を握り締めてくれた。
水疱瘡もおたふく風邪も風疹も、いつも一緒にかかって
「本当に仲良しね」
って、母さん達が呆れてた。
そんな俺も小学校五年生になる頃には、すっかり健康体になっていた。
みちるは段々と女の子らしくなり、中学に上がる頃には、みちるが好きだと言う奴等の声がチラホラ聞こえ始める。
それでもみちるは変わらずに
「尚ちゃん」
って、俺に笑顔を向けていてくれた。
みちるの隣は、いつまで俺の場所なんだろう? と思いながら隣を歩いていた。
「尚ちゃん?」
頭一つ小さいみちるの、大きな瞳が俺を見上げる度に胸が軋んだ。
みちる……。
俺は、楽しいも苦しいも切ないも愛おしいも……全部きみから教えてもらった。
そして、初めて自分の中の『男』を意識したきっかけも、みちるだった。
夏服のみちるが眩しくて、真っ直ぐにみちるを見られなくなった俺。
こんな気持ちを知られたくなくて、必死に隠す為にみちるを避けてしまう。
そんな自分勝手な俺を、必死に追い掛けてくれて
「嫌だよ! 尚ちゃんがみちるから離れるなんて、絶対に嫌だよ。
尚ちゃんはみちるが嫌いになったの?
直すから! 悪い所を全部直すから……、みちるを嫌いにならないで……」
泣いて俺にしがみついたみちる。
怖かった……。
俺のこの手が、いつかみちるの細い身体を砕いてしまいそうで……。
ギクシャクしていた夏。
みちるがアイスを食べながら、俺に手を振っている。
「尚ちゃ~ん! 担任がみんなにアイス買ってくれたから、早く貰ってきなよ」
そう叫んだみちるの隣に並び、みちるの手にあるアイスを一口悪戯心で食べてみた。
「なななな……尚ちゃん!
尚ちゃんの分もあるんだから、そっち食べてよ!!」
みちるの反応に、もしかして……って淡い期待を抱く。
「俺、みちるのアイスが食べたい」
と答えると、みちるは真っ赤な顔を首まで真っ赤にして
俺を見つめた。
「尚ちゃん……それって……」
そう呟いたみちるに
「みちる、好きだよ」
と呟くと、みちるは大きな目を益々大きく見開き、
俺の顔を見つめた。
そして大きな瞳から大粒の涙を流し
「不意打ちは狡いよ~」
って泣き出した。
思い返せば、いつもみちるを泣かせていたのは、俺だった。
この日、俺はみちるの「幼馴染み」から、「彼氏」に昇格した。
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