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その5
「ショージ、そんなに落ちこむことないじゃん。」
アイヴィーは後部座席に手を伸ばして、うなだれるショージの肩をポンポンと叩いた。
ジャッキーはハンドルを握ると、不思議と緊張しなくなる。目の前の運転に集中することで、余分なことを考えなくなるのだろう。
BGMは山口富士夫。みんな彼のギターが、歌が、人柄が大好きだった。
「…何だよ、“ピリ辛わらじとんかつ”って!」
「だから限定メニューだろ。そう書いてあった。」
「そんなことは聞いてねえ!俺が食いたかった”わらじとんかつ”は、あんなんじゃねえ!」
「それを選んだのは、お前だ。」
ゴンちゃんは突き放すようにそう言うと、満足げに腹をさすった。食事の後で運転を交代できるのは非常にありがたい。
「限定メニューに傾くようじゃ、お前の”わらじとんかつ”愛も怪しいもんだな。」
「あのソースが“わらじとんかつ” 最大の魅力なんだよ!特製ピリ辛ソースとか言って、全然違うじゃねえか!」
「俺ら全員が“わらじとんかつ”頼んだのに、限定メニューを見て“これだ!”と断言したのはお前だけだ。」
「でも、あれはあれで美味しかったよ、ショージ。」
アイヴィーが慰める。
「ひと切れ交換しただけだけど、アタシ好きだったなー。」
「ぜんぶ交換してもらえば良かった。」
「それはイヤ。アタシだって“わらじとんかつ”食べたかったし。」
「ああ、俺は何でいつも、こうなんだ!」
傷ついた心を冷やすかのように、ショージは冷たい窓ガラスに顔を押しつける。
「目先のことに気を取られて、大事なことを見失っちまう!」
「そうだな、言っちまえば子猫みてえなもんだな。」
「俺の人生はいつもそうだ!その繰り返しだ!」
「お前、トンカツひとつでそこまで落ちこめるのも、なかなかの才能だぞ。」
「ゴン、俺はもうダメだ。後は頼む。」
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