からくり父娘(おやこ)

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からくり父娘(おやこ)

 時は天保。第十一代将軍徳川家斉の時代。  常陸国谷田部に、飯塚伊賀七という庄屋がいた。  伊賀七は幼い頃から工作が得意で、暇さえあればからくり細工に没頭し、奇妙奇天烈な発明を次々と生み出しては人々を楽しませた。そんな彼を人は「からくり伊賀七」と呼んだ。  もっとも彼の本分は庄屋である。屋敷の庭先では、今日も大勢の男達が汗を流して働いていた。  集めた年貢米を谷田部の陣屋に収めるため、大八車に積み替えているのだ。  米一俵は今の重さに換算すれば約六十キロに相当する。野良作業で鍛え上げた昔の男達であれば軽々持ち上げられそうにも思えるが、実際にはそうもいかない。当時の人の平均的な体格は身長百五十センチ強、体重五十キロといったところ。どんなに屈強な男であろうと、自分より重い物を運ぶというのは決して容易ではない。大の男達がひいひい言いながら取り組むのが実情であった。  そこへひょっこり顔を出したのが、伊賀七の一人娘のキヨ。齢十五のまだあどけなさの残る少女だ。 「手伝いましょうか」  袖をまくり上げるや否や、おもむろにひょいっと米俵を担ぎ上げる。しかも両肩に一つずつ、二俵いっぺんにだ。 「うひゃあ。おキヨちゃんは剛力だのう」 「女子(おなご)に負けてらんねえぞ!」  色めき立った男達は、我先にと米俵に躍りかかった。ところがキヨのようには上手く行かず、よろよろとたたらを踏んだり、互いにぶつかって引っ繰り返ったり、滑稽な事この上ない。  お陰でどの顔からも苦しげな表情は消え去り、ぱっと花が咲いたように笑い声が飛び交った。  騒々しさを聞きつけ、慌てて飛び出して来たのは伊賀七だ。 「これ、おキヨ! 邪魔をするでない!」 「邪魔とはあんまりな。お手伝いをしただけですのに」 「十分助かったよ。おキヨちゃん、ありがとう」  口を尖らせるキヨは、男達の労いを背中に浴びながら伊賀七に引かれて屋敷へ戻った。  周囲の目を憚るように襖を締め切った後、伊賀七は神妙な面持ちでキヨに諭した。 「おキヨ、何度言ったらわかる。少しは女子(おなご)らしくせんか」 「お役に立てると思ったから、すすんで手を貸しただけです。おとと様は、困っている人を見ても放っておけと言うのですか」 「しかしお前はもう十五。本来であればそろそろ嫁の貰い手を探してもおかしくない年頃じゃ。そう金剛力を見せつけられては……」 「嫁になどなりようもないのは、おとと様が一番知っておるでしょう」  撥ね付けるように、キヨは言った。 「キヨはおとと様のお陰で元気な身体に生まれ変わりました。今まで人様に迷惑と心配ばかり掛けてきた分、世の中にご恩返しがしとうございます。今さら人並みな幸せが手に入るとは思っておりませぬ。どうかキヨの思うままに、この身体を使わせてくださいませ」  一転して額を畳に擦り付けるように懇願されると、伊賀七としてもそれ以上何も言えなくなる。  両親を亡くし、妻に先立たれ……たった一人残った可愛い娘だ。華奢な体に似合わぬ馬鹿力を持つに至ったのは、伊賀七自身の不首尾だという負い目もある。  とはいえこの調子で人並みならぬ怪力を惜しげもなく披露し続けたら、果たしてこの先キヨの人生はどうなってしまうのかと、伊賀七は頭を悩ませるのであった。
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