からくり父娘(おやこ)

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「側に控えておればそれで良い。昼寝でも書読でも、好きにするがいいぞ」  恐る恐る用向きを尋ねるキヨに、若様は優しく微笑み返した。  言葉通り、若様はキヨを近くに置くだけで、何を命じるわけでも、ましてや同衾(どうきん)を求める事も無かった。  お陰で自分の体の秘密を打ち明ける機会もなかなか訪れない。若様は次々と現れる家臣や客人の相手をしたり、書類や書物に目を通すのに忙しく、二人きりで話をする暇もない。  大事にされているようで嬉しくもあるが、じっと畳の上に座っているのは落ち着かず、次第にお尻のあたりがむずむずしてくる。ある日あんまり暇だからと縁側に出て、ちちち、きききと飛んでくる小鳥の鳴き真似をしていたら、いつの間にか隣にやってきた若様に笑われてしまった。 「キヨは愉快だのう。見ていて飽きぬ」 「お恥ずかしいところを」 「いや、眼福(がんぷく)だ。お主が来てくれてからというもの、毎日が楽しい」  若様はふと踵を返したかと思うと、部屋から盆にのった麦菓子を持ってきた。 「餌でも与えてみるか」 「いいのですか?」  先ほど席を立つ間に、気を利かせた誰かが置いて行ってくれた物だ。 「あまり菓子は好まんのでな。それに、信頼できる人間が作り、運んだ物でなければ口にせんようにしている」  引っ掛かりを覚えつつ、麦菓子を砕いて庭先に撒いてみた。匂いを嗅ぎつけた小鳥達が、瞬く間に集まってくる。 「鳴いてみせた時には見向きもしなかった癖に。食いしん坊な鳥」 「無理もない。あの鳴き声では、鳥も内心笑っておっただろう」 「まぁ」  眉を上げるキヨを見て、若様が口元が綻ばせる。  ――その表情が、唐突に固まった。  何事かと視線を追うと、今の今まで無心に麦菓子を啄んでいた小鳥達が、足を上にして引っ繰り返り、ぴくぴくと痙攣を起こしているのだった。  はっとして口元を覆うキヨの前で、若様は唇を噛んだ。 「すまぬ。むごい事をしてしまった」  沈痛な面持ちに、キヨは先ほどの若様の言葉を思い出した。  毒だ。若様はそれを疑って、菓子を口にしなかったのだ。  若様は、誰かに命を狙われている。  キヨはその時初めて、おぼろげながら自分が召し上げられた理由に思い当たったのだった。
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